迷子の風船

外清内ダク

迷子の風船

 どこへ行くべきかなんて知らないが、とにかく僕は旅立ちたいんだ! 同族を強引に振り切って、共同体層コミュニティ・レイヤを僕は飛び出す。簡単なことさ。528m。たったそれだけ上昇すれば、僕は前人未到の天上層にたどり着いてしまう。

 学者たちの観測によれば、この星は赤道半径7200kmのガス惑星で、僕らが生息可能な領域、すなわち共同体層コミュニティ・レイヤは、惑星中心部から高度6211km〜6212kmの球面上にある。上下幅わずか1000mに満たない、薄皮のような僕らの世界。ここから少しでも下にはみ出れば、僕らの丸いブヨブヨの肉体はもろくも押し潰されてしまう。もちろん上に飛び出れば、バラバラに破裂するわけだ。

 だから僕らはずっと、この狭い薄い牢獄の中に閉じ込められてきた。有史以来3000年……3000年もずっとだ! そこで何十人か何百人ずつ身を寄せ合って、まるでひとつの生物みたいに互いの体温を共有して生きる。それが僕らの生態だ。この共同体コミュニティに僕らは例外なく組み込まれる。生まれてすぐにくっついたら、多くの人はそのまま死ぬまで離れない。そうして皆でフワフワと、対流に乗って共同体層コミュニティ・レイヤを漂い続ける。目的もなく。意味もなく。ただ生きていたいという根源的な欲求のためだけに。

 僕にはそれが、我慢ならない。

 僕は共同体コミュニティの構成部品となるために生まれたんじゃない。生きるためだけに在るんじゃない。気にならないのか? 僕らはどこから来たのか。ここはどこなのか。そしてこの狭苦しいレイヤの上に、一体どんな異世界が広がってるのか! 確かめずにはいられない。僕は真実が知りたいんだ!

 すると共同体コミュニティは口を揃えてこう言った。

「お前はどこへも行けないよ」

 うるさいよ。

 どうして分かる? 試してみたことないくせに!

 だから僕は上へ行く。もちろん天上層の希薄な大気への対策は考案済みだ。まず下層の厚皮生物から作った布を身体に貼り付け皮膚を補強してから、針で自分自身に穴を開けた。要は破裂しなけりゃいいんだろ? 僕らの丸い身体の中はガスで満ちていて、それが膨らんで破裂するのが問題なんだ。なら、あらかじめガス抜きしておけばいい。ま、少し痛いけどね。

 さあ行こう。赤道半径7200km、その頂点に達したとき、僕は何を見るんだろう。どこへたどり着くんだろう。行き先は知らない。戻る家もない。寄る辺のない迷いびと……だけど不思議と怖くはない。僕は昇るんだ、永遠に。行くぞ――まだ見ぬものを探し求めて!



THE END.

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