大学生
「わぁ…綺麗…」
イルミネーションが行われている公園に入るなり、僕の彼女はそう呟いていた。
「うん、綺麗だ」
僕は煌びやかなイルミネーションの光景と、それに魅入られる彼女の綺麗な横顔を眺めながら、そう言った。
冬の、夜だった。
青と黒の絵の具を混ぜたような色をしている都会の夜空の下、辺り一帯がLEDの光で煌びやかに彩られ、美しく輝いていた。芝生はカラフルに輝き、木は青白い輝く花を咲かせているかのようだった。
優しく黄色に輝く満月が、灰色の雲の間から姿を現していた。
僕達は肩を並べて、綺麗なイルミネーションの景色を見て回っていた。その間、僕の右手には彼女の優しい温もりが伝わっていた。
もう今日は帰ろうかと話していた時だった。彼女は青白く輝く大きな木の下で突然立ち止まった。僕が彼女の方を見ると、彼女は木を見上げていた。
「…来年も、一緒に見たいね。」
涙を堪えているような、震えた弱々しい声だった。木を見上げる彼女の横顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
僕はその言葉に、なんて返事をすればいいのか分からなかった。彼女の言葉には、ただ来年も一緒に過ごしたいという意味以上に複雑な意味がこもっているように感じたのだ。
僕達はその時、大学4年生だった。僕は大学院へ進み、彼女は内定を貰った会社に就職することが決まっていた。当然の事ながら、お互い別々の道へと進むことが決まっていたのだった。物理的な距離の遠さは心の距離も自ずと遠ざけることを、お互い何となく分かっていた。
僕が来年から働くのなら、自信を持って一緒に住もうとか言えたのかもしれない。僕は何かを彼女に言わなければならない。そうでないと、彼女はどこか遠くへ行ってしまうような気がしていた。
僕は必死に、言葉を探していた。
その時だった。
青白く輝く大きな木の下から、溢れんばかりに透明なしゃぼん玉が次々と浮かび上がってきた。しゃぼん玉は、周りのイルミネーションの青白い輝きを吸い込み、それを自らの虹色と混ぜながら美しい表面を浮かべていた。このイルミネーションには、しゃぼん玉の演出があったのだった。
しゃぼん玉を見た途端、僕の頭に走馬灯のようにこれまでのしゃぼん玉の記憶が駆け巡った。
失恋をした後に見たしゃぼん玉。
思わず目を背けたしゃぼん玉。
そして、夏のあの日、僕を魅了したしゃぼん玉。
僕はしゃぼん玉を
一切の曇りはなく、純粋で、無垢なあのころの気持ちを。
そして、僕はようやく彼女に言うべき言葉を見つけ出した。
僕は彼女を見て、呼びかけた。
「なぁ、
名前を呼ばれて、彼女はこちらを見た。
彼女の目には、少し涙が浮かんでいた。
彼女の手を握る僕の手には、自然と力が入った。
僕がこれから言う言葉は、明らかに時期尚早で、たかが大学4年生が言うべき言葉ではないことは分かっていた。
それでも、そんな理屈より大事なものがあることを、夏の日の僕が思い出させてくれた。
僕は彼女の目を真っ直ぐに見つめて、見つけ出した言葉を投げかけた。
「結婚しよう。」
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