第15話 夜会にて
会談のあった日の夜、ささやかながらも歓迎の夜会が開かれた。
エルフリーナは、緩く巻いた髪を高く結い上げ新緑の色のドレスを身にまとっていた。
ロザリーは、いつもの騎士服に剣を下げてエルフリーナの護衛をする。
剣、とは言っても刃を潰してある儀礼用の剣だ。王国にエルフリーナが帝国内でどれほど大切にされているか。それを帯剣したロザリーが護衛に着くことでアピールしている。
「ねぇロザリー?」
上目遣いでエルフリーナがロザリーを伺う。
「はい、何かございましたか?」
「貴女は、ドレスを着ないの?」
ロザリーは、ゆるゆると首を横に振った。
「私には皇女殿下をお守りするという使命がございますので。ですが殿下の美しいお姿を見ることができるだけで幸せです」
「ロザリーにもドレスを着て欲しかったのだけれどそう言われてしまったら無理は言えないわね」
残念そうにエルフリーナはつぶやく。
エルフリーナは皇族であるため、余程の事がない限り話しかけられない。
それこそ、社交界デビューしたての子供に皇女との繋がりが欲しい高位貴族や、外国の人間以外は。
本来ならばそういった方々から話しかけられるはずなのだ。だが、先のゴタゴタは大分広まってしまっているらしくエルフリーナの元に集まる貴族はいない。
「お兄様、は……お忙しそうね」
寂しげにエルフリーナがこぼす。視線の先には宰相とそのほか大臣などとにこやかに言葉を交わすこの国の皇太子の姿があった。
「申し訳ございません。私の配慮が至らないばかりに」
「ロザリーは何も悪く無いわ。ただ、わたくしの運が悪かった、それだけ」
「ですが、」
「今だけ、だから、大丈夫。そこまでヤワではないのよ。そうだ、もう少し時間がたったら具合が悪い事にして部屋に戻りましょうか」
「分かりました。そう致しましょう」
ロザリーにだけ聴こえる小さな声でエルフリーナは言う。遠巻きに、まるで腫れ物を触るような扱いは堪えるのであろう。
それも時間の問題なのだろうけれど。皇女の人なりと噂での人なりとは随分と異なる。
皇女を貶めたい誰かが人為的に噂を広め、ばらまかない限りはゆっくりと消滅していくはずだ。
ロザリーは視線をエルフリーナから会場の方へと移す。チラチラとこちらを伺うような者たちが数人いた。
しかし、ロザリーと視線が合うとすぐに逸らされる。大方話しかけたくとも話しかけられない。そんなところであろう。
皇女との繋がりを作るチャンスは今だろうに。
駆け引きとは、なんとも難しいものだ。そうロザリーは思う。
張り詰めた空気の中、一人の男が皇女の方へと来る。
「皇女殿下、相も変わらずお美しい」
妙な緊張の中で話しかけて来たのは、隣国の外交官その人であった。
若く軽薄そうな見た目に反し、実力は一級。皇族に気軽に話しかけてくるとは何事か、ともえるだろうが彼は今の国王の弟、つまりは王弟殿下その人なのだ。
「お褒めに預かり光栄ですわ、オルソン王弟殿下」
エルフリーナがにこやかに応じる。
「うちの甥が御身にご迷惑をお掛けしているようで申し訳ございません」
「大丈夫です。ただ、少し驚いただけ、ですもの」
「王からも再三諭されているのですが聞き入れてくれず」
「先程の会議でもそのようにおっしゃっていましたものね」
オルソンも、エルフリーナも困ったように笑う。一言、二言と言葉を交わしていくとどちらの国も時間が問題を解決してくれるのでは無いか、と思っていたことが見て取れた。
一時の迷い。
賢い王子なら目を覚ましてくれるはず。
願いとは裏腹に時間は問題をよりややこしくしてしまったようであった。
やり直しの黒騎士は、幼なじみの白薔薇を救いたい!! 若枝芽生 @wakaeda
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