第21話 何してるん?
小さなスコップが、カツカツと低い柵の根元の硬い地面を掘り返そうとしている。でも、固い地面には、ほとんど影響はない。それでも、繰り返し、スコップは様々な角度で、地面に突き立てられる。砂のような細かい土が跳ね飛ぶ。
「あの子かな」
僕のつぶやきに、もちまるが応える。
「そやな」
「何してるんやろ?」
「なんやろなぁ」 もちまるも不思議そうだ。
観測会の翌々日の日曜、僕は、電車と徒歩で、ある公園にやって来た。いつものように、ポケットの中にはもちまるがいる。
今回、姫の屋敷で出会った男性の頼みごとは、大事な石碑に、小学生らしき男の子がイタズラをするのをやめさせて欲しい、ということだった。
彼は、脇目も振らず、一生懸命地面にスコップを突き立てている。小さな砂粒が飛び散る。僕は、ゆっくり歩いて彼に近づく。
「めっちゃ固そうやね?」 できるだけ軽く声をかける。
僕の声に、男の子が驚いたように顔を上げた。そして、コクンとうなずいて言った。
「めちゃめちゃかたい」
「何か埋めるの?」 僕は訊く。
「ちゃう」
「じゃあ?」
「うめるんじゃなくて、うえる」
「植える?」
「うん。……これ」
男の子は、ポケットから種の入った小さな袋を取り出した。
袋の表面の写真は、コスモスだ。
「花がさいたら、きっときれいやから」
「そっか。コスモス、きれいやもんな」
男の子は、嬉しそうにうなずいた。
そのときだ。1人の高齢の男性が近づいてきた。彼は、不審な眼差しを向けながら、僕をジロリと見てから、男の子に言った。
「また、悪さしとるんか?」
男の子があわてて首を振る。それにはかまわず、男性は言う。
「オマエ、この前は、この石碑にボール蹴ってぶつけよって。今日は、石碑をほじくり返そうとでも思てるんか。何遍言うたらわかるんや。ここはな、戦争の時にこの町で亡くなった人たちをお祀りしてるところなんや。悪さしたらあかんねや!」
「ちゃう。悪さ、ちゃう」
男の子は、必死で首を振る。
僕は、静かに、その高齢男性に、話しかける。
「すみません。僕も見てたけど、悪さじゃないですよ。この子、ここに、コスモスの種をまこうとしてたんですよ」
男性は、一瞬疑わしそうな表情をしたけれど、男の子の手にしている、小さなスコップと、コスモスの種の袋を見て、ああ、と眉間のしわを緩めた。
「なんや。そやったんか。こっちは、またいらんことしよるんか、思て。……そうか。そやったらええ。……ボールぶつけたん、反省してくれたんやな」
男の子が、うなずく。
「ここにきれいな花を咲かせてあげたい、って思ったらしいです」
「……そうなんか。怒ってすまんかったの。ありがとうな」
男性の顔が穏やかな表情に変わったので、男の子はホッとしたようだ。
「じゃあ、植えてもいいの?」
男の子が、男性と僕の顔を見上げる。
「う~ん。そやなあ」
男性は、首をひねっている。
僕は、ふと思い出した。公園などの公共の場や土地に植えられているものを勝手に採集してはいけないのと同様、そこに勝手に植物を植えたりしてはいけないんじゃなかったか。
「……あのな。実は、公園に勝手に種をまいたり、花を植えたりするのは、法律で禁止されてたと思う」
僕が言うと、
「え? あかんの?」
男の子の顔がみるみる曇る。
「うん。そうなんや」
「じゃあ。これ、あかんの?」
「残念やけど」
「そうなんや……」
男の子ががっくり肩を落としている。今にも泣き出しそうな男の子に、
「そらしゃあないな。でも、花咲かせよ思うた気持ちが大事や。ええこっちゃ。な、ありがとうな」
男性は、そう言って、男の子の頭をなでると、そそくさと立ち去っていった。
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