第22話 ほんま?


 男性が立ち去ると、男の子は、しょんぼりとしゃがみこんでしまった。

「ごめんな」

 僕が言うと、うつむいた彼の真下の地面に、大きな涙の粒が落ちた。そして、

「ぼく、いつも、あかんねん」 

 ぽつりと彼はつぶやいた。

 ポタポタ落ちた涙の粒で、地面にシミが出来る。

「ぼく、いつも、あかんことしか、せえへんねん。それで、いつも、おこられる」

「なんで? そんなことないやろ」

「いらんことばっかりして! っていわれる」

 僕は、泣いている彼をそっと立たせて、近くのベンチに2人で並んで腰掛けた。


 彼は、ぽつりぽつりと話し出す。この石碑にボールを蹴ってぶつけていたこと、そして、さっきのおじさんに怒られたこと。

「ボールはねかえってくるから、おもしろくて何回もけってた。……しらんかってん。ここ、お墓なん?」

「ん~。お墓とは少しちがうけど、それと同じようなところかな。なくなった方の心がいてはる場所っていえるかな」

「せんそうって、おっちゃん言うてたけど、ぼく、よくわからんくて。でも、テレビで見てん。どこかの国で、せんそう、やってて、いっぱいひとがたおれてて、けがしたりして、ぼくより小さい子も、めっちゃないてた……」

「うん」

「それみて、ぼく、なんもしらんとボールぶつけてしもた。きっといたかったよな、って」

 男の子の目から、涙の粒が転がり落ちる。

「そやから、ぼく、ごめん、って思って。いっぱいかんがえてん」

「うんうん」

「それでな。かわりに、きれいなお花の種まこう、って思ってん」

「そうやったんや」 僕はうなずく。

 泣きながら話す彼のすぐ隣、僕のポケットの中で、もちまるが、ふるふると揺れている。

 彼にしては、なんだかめずらしい動きだ。少し気になるけど、今は、男の子に話しかける。

「いっぱい考えたんやね」

「うん」

「優しいね」

「ぼく、やさしくない。いらんことしぃ、やねん」

 男の子は、首を振る。きっと普段から、そう言われているのかもしれない。

 僕は、ゆっくりと話し始める。

「そんなことないと思うけどな」

「でも、お花、うえられへんし。ぼく、なんもええことせえへんし」

「そんなことないよ。誰でも、ええことするときも、あかんことするときも、どっちもあるよ」

 うつむく彼に僕は続ける。

「あのな、僕、実は、夢の中で会った人に、頼まれてここへ来てん」

 彼が、不思議そうに顔を上げて僕を見る。

「信じて欲しいねんけど、僕は、時々不思議な夢を見るねん」

 ほんとは、姫の屋敷で直接会って頼まれたのだけど、彼には、夢の話にしておく。

「夢の中に出てきた人が、ここの石碑のところで、男の子が一生懸命地面を掘っているって、言うてはって」

「怒ってたん?」 彼が恐る恐る訊く。

「ううん。逆。喜んでた」

「ほんま?」

「ほんま。『固い地面で、手が痛いやろうしね、それに、勝手に植えられへんところやから、もうやめてな。ごめんな。せっかく、花咲かせようと思ってくれたのに。でも、ありがとう』って、言うてはった。それを伝えるために、僕は、ここへ来たんやよ」

「ほんまに?」

 僕はうなずく。

 本当は、僕に依頼した人は、イタズラだと思っていた。だから、それをやめさせて欲しいと言っていた。でも、事情が分かった今は、きっと僕と同じ気持ちになってくれているだろう。このくらいの嘘は許してくれるよね? そして、僕が今から言うことも。

「ほんま。せやから、種をまく代わりに、その人から頼まれたことをやってくれるかな?」

「うん。やる!」

「あのね、忘れんといてね、って。戦争で亡くなってしまったひとたちのこと。また戦争が起きないように何をしたらいいか、いっぱい本も読んで、いっぱい考えてね、って」

「本、あんまり読んだことない」

 男の子は、少しもじもじしながら言った。

「大丈夫。これから、少しずつ読めるようになってくるよ。それに、もう、できてることもあるやん?」

「?」 男の子が首をひねる。

「いっぱい考えること。いっぱい考えたから、種をまこうって思ったんやろ?」

「でも、……あかんかった」

「それでも、いっぱい考えてんやろ? えらいやん」 

 僕は、彼に笑いかける。彼は少し照れくさそうにニコッとした。

 ポケットの中で、もちまるがじっとしている。

 僕は、男の子の膝の上の、砂埃で汚れた小さな手を見つめながら言った。

「それとな、『優しい子やね。ありがとう、そう伝えてね』って、夢の中の人が言うてたよ」

 彼は、何度もうなずきながら、涙をぽろぽろこぼした。


 泣き止んで、手を振りながら帰って行く男の子を見送ったあと、僕ともちまるは、公園を離れた。

 気のせいか、左のポケットが冷たい。そっと手を入れると、なんだかぬれている。

「え? どうしたん? もちまる?」

 返事がない。返事がない代わりに、小さな丸いもちもちが、静かにふるふる揺れている。

(早く家に帰ろう)

「もちまる、帰ったら、話聞くからな。もうちょっとだけ、我慢しててな」

 声をかけて、僕は駅に向かって走り出した。

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