第20話 帰ってくる?
観測の合間に、すきを見ては、僕は、もちまるに望遠鏡を覗かせた。彼は、すっかり望遠鏡にハマったようだ。
途中、空が曇ってきて、星がうっすらとしか見えなくなって、みんなでテントに入って、トランプに興じているときも、もちまるは、秘かに、外のグランドシートの上に寝転んで、空を見ていた。そばに誰もいないので、ぽってりと大きなクッションの姿になっている。(萌の好きな形だ)
「雲で、星、見えへんけど、ええの?」
トランプの途中、早々に負けて、テントから外に出た僕は訊いた。
「うん。外の空気、気持ちいい」
「暗いけど、1人でこわくないん?」
「大丈夫。笑い声とか聞こえて、楽しい雰囲気やから、平気」
「そっか。よかった」
テントに戻ろうとすると、
「なあ」 もちまるが言った。
「ん?」 僕が、首を傾けると、
「連れてきてくれて、ありがとう」
もちまるが、空から、僕に視線を移して、言った。
「大吾。いつも、一緒にいろんなとこに連れてってくれて。ありがとう」
「そんな、あらたまって」 僕は、ちょっと戸惑ってしまう。
「オレ、一緒に学校にも行けたし、いろんな美味しいもんも食べられたし」
「……どうしたん? 急に」
もちまるが、何を言い出すのか。なんだか少し不安になってしまう。けれど、そんな僕に、もちまるは、のんびり笑って言った。
「ん、いや。なんか嬉しいなあ、って思って。嬉しいときのお礼は、そのとき、すぐ言うもんや、って昔誰かが言うてたから。いつか言おう、そのうち言おう、て思ってたら、言いそこねてしまうかもしれんから、て」
あらたまって、お礼を言われると、少し、僕は後ろめたくなった。いつも一緒に出かけるのは、彼だけを家に残していくわけにいかないからで。
もちろん、彼をキケンだと思う気持ちは、今はもうないけれど、でもこの先、彼をどうしたらいいのか、悩んでいることは確かなのだ。
(ごめん。礼を言ってもらえるほど、僕はいい奴とちゃうよな)
そう思いながら、僕は、もちまるに言った。
「あらたまって、ありがとうって言われると、なんか照れるな。でも、そろそろ、外は冷えてくるし、僕のポケットに帰ってくる? どうする?」
「ん。じゃあ、そろそろ帰ろかな、でも……」
もちまるが少し迷っている様子を見て、僕はふと気づいた。もしかすると……
「里見は、もう寝たよ」
「ほんま? じゃあ、ポケットに帰る」
どうやら、里見に、気配を感じると言われるのを心配して、一緒にテントに来るのをためらっていたらしい。そうだった。こいつは、意外に気ぃ遣いぃなやつだった。
僕は、グランドシートから、もちまるをそっと抱き上げた。いつも通りもっちりはしてるけど、なんだかいつもより冷たい。
「すっかり冷えて。大丈夫か?」
「だいじょうぶや。オレは、妖怪やし」 もちまるが笑った。
その笑顔を見て、僕は言わずにいられなかった。
「あのさ。あんまり、気にせんでええよ。気配感じるって言うても、あいつ、言うてるだけで、それ以上なんかするってわけでもないからさ。『そうか?』て僕がトボけとけばええだけやから」
「……そうか? わかった」
ほっとした顔で、もちまるが言い、ぽよん、と僕のポケットに小さな柔らかなかたまりが帰ってきた。
――――その、ほんのり温かい気配に、ほっとしている僕がいた。
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