第19話 気配する?
「ジュースあるよ。何か飲む?」
寝転がって、星を見ながらぼそぼそしゃべっている僕らに、部の会計担当の吉野先輩が言った。会計担当は、食料仕入れ担当でもある。
「あ、すみません。僕ら、何もせんと」 あわてて僕らは体を起こす。
「ええねんええねん。まずは、しっかり星見てくれたら」
「そや。それと、望遠鏡をいろいろ扱ってみて、自分の気に入るタイプのをさがす参考にしたらええねん。まあ、別に、無理して買う必要もないけどな。観測行ったら、みんなでお互いのを自由に使うし、部で所有してるやつもあるから」
野崎先輩も言う。
僕ら4人は、立ち上がって、先輩たちの望遠鏡のところへ行く。それぞれの望遠鏡の特徴や扱い方を教えてもらいながら、レンズの向こうの星空を覗く。
「きれいや……」
肉眼で見ている星空とは、また違う迫力がある。普段何気なく見上げていた夜空には、こんなにもたくさんの星があったんだとあらためて、実感する。普段見えていなくても、ちゃんとそこにあるのだ。しかも、とてもきれいに輝きながら。
さっきまで、じっと身動きせずに、左ポケットに収まっていたもちまるが、ぽてぽてと身動きした。望遠鏡を覗きたいのかもしれない。彼は、けっこう好奇心旺盛だ。
「望遠鏡、見たいん?」
周りに人がいない隙を見て、ささやく。
「見たい」
「そやなあ。……小さくなれるか? ビー玉くらい」
「なれる」
そう言って、もちまるは、ポケットの中で小さくなった。僕は、小さくなったもちまるを指でつまんで、そっと望遠鏡のレンズの前にあてる。
「ちょっとそこにつかまって、丸いところを覗いてみ」
もちまるがいそいそと望遠鏡を覗く。
「うあ! こんな風に見えるんや。わあ……初めて見た。なんか、ほんまに宇宙って気がする」
もちまるが、じっと望遠鏡のレンズにしがみついているので、僕は、そっと指先で下から支える。小さくても、もちっとした感触はかわらない。
「今度、これで、月が見たい。ウサギがおるのかどうか」
「そやな。今日は、月が見えなくて残念やったね。今度、クレーター見よう。きれいやで」
「うん!」
そんな会話を声を潜めてしていると、
「そっちは、何見てるん?」
里見が近づいてきたので、素早くもちまるを手のひらに包んで、ポケットに戻す。
ポケットの中で、もちまるが、『ありがとう』というように、ぽてぽてぽてと小さく跳ねた。
『どういたしまして』の気持ちを込めて、僕はポケットを優しくポンポンする。
すると、里見が、不思議そうに辺りを見回して、ぽそっと言った、
「なあ。なんか、気配する」
「……なんの?」 僕は内心焦りながら、何でもない顔で言った。
「何かわからんけど。――――前に、学校で感じたのと同じような気配」
「ええ~そんなこわいこと言わんとってや」 僕は苦笑いしてみせる。
「いや、そんなこわいもんかどうかわからんけど。気配、感じた」
「今は? 今はどうなん?」
「ん~。今は、気配消えてる」
「そうか。よかった」
首をひねりながら、望遠鏡を覗いている里見を見ながら、僕は、ちょっと不安になる。案外こいつは鋭い。ひょっとしたら、そのうち、もちまるに気づくかもしれない。
ポケットの中で、もちまるはじっとビー玉のように小さく堅くなっている。
(大丈夫やで。……今のところは)
そっとポケットを押さえる。ぽよりん、と、もちまるが力を抜く気配がする。
(姫たちのこともあるけど、もちまるのことも、この先、どうしていったらいいのかな)
一瞬、ぼ~っとしていた僕に、里見が言った。
「なんかお腹すかへん?」
「そやな。なんとなく空いてる気がする」
「向こうの方に、コンビニの看板が見える。オレ、おにぎりでも買いに行ってくるわ」
「待て待て。おにぎりでええんやったら、僕、たくさん作ってきてるから」
「え、まじで?」
「リュックに入ってる。20コくらいは作ったから、1人2個は当たる」
「やったあ~。1個ちょうだい。で、あとからお夜食にもう1個」
「ふふ。ええよ」
嬉しそうに、僕のリュックに向かってスキップしていく里見のあとを歩きながら、僕は、左ポケットにささやく。
「もちまるの分も、ちゃんと作ったからな」
「ほんま? ありがとう!」
ポケットの中で、もちまるがぽてぽてぽてて、と軽快に跳ねる。
「ここにも、食いしん坊がおったな」
思わず、僕は吹き出した。
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