第10話  いつ、来るん?


 「なんかね、その店で、青いガラス玉みたいなのがついたチャームを買うたって」

美月が言った。

数日前、光瀬は、塾からの帰り道、何気なく曲がった小道の先で、小さな雑貨屋を見つけた、と嬉しそうに話していたらしい。


今朝、僕は、登校するとすぐに、隣のクラスへ行き、同じく登校したばかりの美月をつかまえた。そして、二人で渡り廊下を通って、中棟に移動した。ここなら、何を話していても人に聞かれる心配はない。

彼女は、一応、普通に登校してきたけれど、昨夜はショックで眠れなかったらしい。

赤く充血した目を、しょぼしょぼさせながら、僕に、数日前の光瀬とのやり取りを話してくれた。


「塾帰りにね、なんか妙に心惹かれる灯りが見えたんだって。曲がり角の向こうに」

「うんうん」 

僕はうなずき、ポケットの中のもちまるは、ぽてんと反応する。

「それで、ちょっと気になって、いつもは通らへん狭い路地を通って、その灯りの方に行ったんやって。 そしたら、なんかちょっとおしゃれな雰囲気の和風雑貨のお店があって。外から覗いたら、アクセサリーやカバンにつけるチャームとか、ポーチとか手提げバッグとか、めっちゃかわいいのがいっぱいありそうで、思わず中に入ったって。 そしたら、ほんまに可愛いのいっぱいで、めっちゃ喜んで見てたら、奥から、和服姿のすっごいイケメンが現れて。 で、その人が『お嬢さんには、この綺麗な青が似合うと思う』とかなんとか言うて。青いガラス玉のついたチャームを差し出さはってんて。それが、すっごく綺麗で、吸い込まれそうな青で、一目で気に入って、しかも、お値段も600円でお手頃やし。あやちゃん、買うことにしたらしい」

「うんうん。 それで?」

ポケットの中のもちまるが、ぽてぽてっと小さく跳ねた。

「そしたら、そのイケメン店主が、にっこり微笑んで100円おまけしてくれはって。それで、あやちゃん、『めっちゃええとこやから、今度は一緒に行こな』て言うててん」

「そうか。それで、美月は、その店行ったん?」

僕が訊くと、美月は首を振った。

「それがさ、次の日、また塾帰りに行こうとしたら、そのお店、見つからんかった、て。不思議そうな顔してた。たまたま休業日やったんかもしれへんし、今度は昼間に一緒に行こう、て・・・」

話しながら、美月の顔色は、次第に青ざめていく。

その店が怪しい。しかも、それは、現実とは違う、なんだか妖しい別の世界につながっていることを感じさせる。

「その店って、もしかして・・・?」

美月が、ひきつった顔で言う。

背筋が寒くなるような気がして、僕と美月は、顔を見合わせる。

僕の脳裏に、昨日の光瀬の姿が浮かぶ。 美月もきっと同じだったのだろう。泣きそうな顔になった。

「その店を見つけた場所って、だいたいどのへんって言うてた?」

「はっきりはわからへんけど、うちらの家の最寄り駅から、北方向に500mくらい行ったところに塾があるから、そこから、あやちゃんちまでの間で、わりと塾寄りのとこらへんと思う」

「そうか。わかった。・・・ありがとう」

「伏見くん、あやちゃんのこと、何とかしようって、調べてるん?」

「うん。・・・何ができるかわからへんけどな」

「私も、やる」

美月が、青ざめながらも、はっきりした声で言った。

妖怪やお化けという不可思議なものが超苦手らしい彼女は、それでも、光瀬のために

なんとかできることはないか、自分も頑張るといった。

「うん。じゃあ、何かあったら、また相談するから、そんときは頼むわな」

「うん。・・・あやちゃんがあのままなんて、絶対いややもん」

そのとき、予鈴が鳴った。

僕らは、ひとまず教室に戻ることにした。

ポケットの中で、もちまるが、ぽてぽてと小さく身動きする。

(よしよし)とでも言っているみたいな感じで、少し気合が入っているようだ。


 教室に戻る僕の左ポケットは、いつもより、少し重い。

もちまるに加えて、例のガラス玉と、そして、バーガーショップのバーガー1個分とハッシュポテトと紅茶の重みか?。


 今朝、いつもより早めに家を出た僕は、学校の最寄りの駅前にあるバーガーショップに立ち寄った。 家で、もちまるに朝ご飯を食べさせてやるチャンスがなかったので、ここでと思ったのだ。

 店内の目立ちにくい奥の席に座って、モーニングセットのバーガーとハッシュポテトと紅茶を、テーブルに載せた。僕は、本を読みながら食べてるふりをし、ポケットの中から顔を出したもちまるが、本の陰で、バーガーを頬張った。

 もちまるを見えない人の方が多いと思うけれど、もしも見える人がいたら厄介なので、ちょっと慎重に周りの様子に目を配る。でもどうやら、朝の慌ただしい店内には、一人の男子高校生にまで、目を配る人はいなさそうだ。

「なあ、めちゃめちゃ美味いな、これ」

小さい声で、もちまるがささやいた。そして、ハッシュポテトに手を伸ばし、

「これも食べてええん?」 僕の方をそっとうかがう。

「もちろん。早くあったかいうちに食べたほうがええで」

「うん」 もちまるが大急ぎでハッシュポテトにかぶりつく。

「いや、べつに慌てんでええから。・・・喉詰まるで。ほら、紅茶」

胸をとんとんたたいている、もちまるに紅茶を手渡す。

「・・・ん。ありがと」

 本の陰で、もちまるは、いつものように手を合わせると、ごちそうさまを言い、ぽてん、とポケットに戻った。

「じゃあ、行こか」

僕は、トレーを持って立ち上がる。

「ありがとう、大吾」

左ポケットから、ほんのりと温かく、満足そうな気配が伝わる。

満足してくれてよかった。・・・とはいえ、これから毎朝、バーガーショップで、というわけにもいかない。 もちまるのごはん問題。妖怪って、一日何食なんやろ?

これは、ちょっと相談してみる必要アリだな。

そんなことを考えながら、僕は、登校したのだった。


 今のところ、青いガラス玉に大きな変化は見られないようだ。

ポケットの中で、もちまるが、昨日からずっと抱え込んでいる。

授業が始まり、僕は、一旦、気持ちをそちらに向けようとするけれど、意識はすぐに、ポケットの中の、青い玉に向かっていく。

チャンスはピンチ。・・・もとい、ピンチはチャンス。

その瞬間が来るのは・・・いつ?

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