第9話 これって、いいん?
「なんか、めっちゃ綺麗な青やな」
家族はまだ誰も帰宅していなかったので、僕らは、部屋に直行した。
そして、もちまるが、光瀬のカバンの持ち手から、紐ごとちぎりとってきたガラス玉のようなものを、照明にかざす。 その色の、あまりの綺麗さに、僕は思わず声が出た。
その透き通るような青に見惚れて、ふっと手を伸ばそうとした僕を、もちまるが押しとどめた。
「うっかり触らん方がええ」
「いや、でもめっちゃ綺麗やし、つい手ぇ伸ばしたくなるで」
「そやな。そこが狙いめなんや」
もちまるは、手の中にその玉を軽く握りこんで言う。
「ええか、大吾。きれいなもんが、良きものとは限らん。むしろ綺麗なものほど、危険やったり、邪悪やったりすることもある。やから、うかつに手を出したらあかん。・・・もちろん、全てがそうとは限らんけど」
もちまるは、手の中の玉を、点目を大きくしたり、小さくしたりしながら、様子をうかがっている。
「で、それは、危険で邪悪なやつかもしれんってこと?」
「ん。その可能性は高いな」
「普通のガラス玉とは、ちがうん?」
「そやな。ガラス玉のような冷たさがない。ほんのり温い。で、かすかに、どくんどくん、鼓動みたいなもんを感じる。こいつ、ある意味、生きてる」
それを聞いて、僕の頭に、眠っているようだけど、全く反応のなかった光瀬の姿が浮かぶ。 生きている人としての気配がない、体ごと空っぽの器のような―――そう、まるで、魂を吸い取られたかのような、その姿。
「まさか・・・」 僕はぞっとして、つぶやく。
「・・・うん。 こいつの中に、あの子の魂が吸い取られてるんやと思う」
もちまるが、その青い玉をじっと見つめながら言った。
さっきまで吸い込まれそうに綺麗だと思った、その青い色さえも、なんだか禍々しく思えてくる。
「この中に、光瀬の魂が、閉じ込められてるとしたら、どうやったら、ここから出せるんやろ? ここから出ぇへん限り、光瀬は元に戻られへんのやろ? なんとか、助け出すにはどうしたらええんやろ」
「う~ん。 魂を一人分丸ごと吸い込むぐらいやから、きっとそこそこ力のあるやつが、この玉の中の世界を仕切ってるんやと思う。もしかしたら、一人やなくて集合体かもしれへんけど。とにかく、この玉の世界を支配してるやつと交渉するか、倒して実権を奪うか。なんにしても、この玉の中に、一度入らんことには、何ともできへん気がする」
「入るって、どうやって? 」
「今の時点では、こいつは、安定した状態を保ってるみたいに見える。光の色が一定してるし、鼓動みたいなものも、落ち着いてる。でも、これは、魂を一人分吸い込んだばかりやから、かもしれん。こういうタイプのやつは、ひとりでは、きっとすまへん。次から次へと、求めていくはずや。また、すぐに、次の魂を求め始めたら、その時が、この玉の世界に入るチャンスや」
もちまるが、真剣な顔で僕を見た。
「チャンスって・・・」
つまり、僕が、そのタイミングで、その玉の世界に入るってこと?
・・・それって、チャンスでもあるけど、めちゃめちゃピンチでも、あるで。
僕が絶句していると、もちまるが言った。
「大丈夫。今すぐ飛び込めっていうのとちゃう。それに、大吾と一緒に、オレも行く。せやから、みすみす魂だけ取られるようなことには、ならんと思う。・・・たぶん」
もちまるが、言った。
「それにしても、あの子、これ、どこで、手に入れたんやろな? 」もちまるがつぶやく。
「通学と塾くらいしか出かけてへんって言うてはったよな。通学路か、塾か? 誰かからもらったんか? 明日、いっぺん、光瀬の友達とかに訊いてみる。なんかわかるかもしれへんし」
「そやな。情報は、大事や。 誰とどう戦うにしてもな」
『戦う』
その言葉に、僕の胸が、ドクンとなる。背筋が冷たくなるような気がする。
めったに、誰かと口喧嘩することさえない僕だ。
僕に、彼女が救えるのか。
弱気になる僕の脳裏に、ただの容れ物のように横たわる光瀬の姿や、お母さんの涙、そして、呆然としていた美月の表情が浮かぶ。
いやや。・・・このままは、絶対、いやや。
僕にできることがあるのなら、やるしかない。
やってみよう。 僕は、心を決める。
僕の魂が、みすみす取られるようなことにはならんって、もちまるも言ってくれたし。『たぶん』ってついてたけれども。
・・・なんだか、驚いたことに、いつのまにか、僕は、もちまるの言うことを信じようとしていた。
これって、・・・いいん?
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