第11話  ここ、どこなん?

   

 青い火の玉に道案内されるように、雨上がりなのか夜露なのかわからないが、少し濡れた草地を歩いていく。

ひんやりした風が、ときおり、ゆっくり吹き過ぎてゆく。

頭上には、満天の星空がある。

湿った空気の匂いと、かすかな虫の声。

少し行くと、ぼんやりとした灯りが前方に見えてきた。

灯りは、小さな木製の門の両脇に立っている。

その門と低い生け垣の向こうに見えるのは、それほど大きくはないけれど、平屋建ての屋敷だ。

(ここは、一体どこなん?)

門の手前で、一瞬、足を止めた僕に、

「主がお待ちです。参りましょう」

火の玉が、左右に揺れながら、少し急かすように言った。



―――――少し、時を戻そう。

今日、美月以外からは、特にめぼしい情報を得られなかった僕は、放課後、いったん帰宅した。そして、簡単に事情をしたためた置き手紙を机の引き出しに入れた。

『心配せんでええから』とは書いたけれど。・・・まあ、無理やろな。

晩ご飯のことを考えて、一応、米をといで、炊飯器のボタンを押す。おかずは、ごめん。

そこは、勘弁してもらうことにする。

妹の萌には、万一、僕が今夜帰宅しなかったら、引き出しの中を見てほしいと、

メールを送っておく。 

萌は、まだ部活中だろうから、そのメールを見るのは、夕方帰宅してからになる。

そのほうが、タイミング的にはちょうどいいような気がしたのだ。

薄手のジャケットを羽織り、スマホと財布を右ポケットに、左ポケットには、もちまると例の青い玉を入れて、家を出る。

ポケットの中で、青い玉を抱えているもちまるが少し緊張した声で、言った。

「大吾。 いよいよやと思うわ。なんか玉の鼓動が早なってきてる気がする」

「そうか」

言葉少なめの僕を、不安がっていると思ったのか、もちまるが付け加える。

「・・・あんまり心配すんな。オレもおるし、それに」

「それに・・・?」

「いや、ええ。まだ、予断は禁物やしな」


電車で、光瀬や美月の家の最寄り駅に向かう。

駅から、まず光瀬の通う塾まで行き、 そこを起点に、彼女が通ったかもしれない小路をさがしながら、歩くことにした。 

道の両脇に目を配りつつ、美月から聞いた和風雑貨の店をさがす。 

塾の前をスタートして、200メートルほど進んだとき、ふと、小さな脇道に気がついた。

さっき塾を目指して、駅からきたときには、そこに脇道はなかったような気がする。

「これか?」

僕がつぶやくと、ポケットの中のもちまるが、きゅんと固くなった。

「たぶん。 この玉も、さっきより鼓動が早なってる。気をつけろ、大吾。たぶん、

その店にたどり着かへんうちに、なんかあるかもしれへん」

(うん)

僕は、うなずいて、その脇道に足を踏み入れた。

その次の瞬間、空間がぐにゃりと曲がるような、狭い空間に無理矢理押し込められるような感じがして、僕は一瞬息が詰まった。そして――――

(うわあ)

真っ暗な闇の中を、落ちて行ってるのか、逆に上って行ってるのか、自分でもよくわからない不思議な感覚がしばらく続いた後、僕は、湿った草地のようなところに、体ごと、やんわりと着地した。どこにもケガはない。

仰向けに横たわったまま、目を開けると、暗い夜空に、降ってきそうなほどの星が見えた。

一瞬、地学部の仲間をここに連れてきたら、きっと喜ぶだろうな。こんな星空、なかなか見られへんからな、なんて思ってしまう。

「大吾、玉が消えた。おそらく、オレらは今、玉の中にいてるんや」

もちまるが、ポケットからささやく。

「そうか。きっと、中に来れたんやな。・・・でもさ、ここ、どこなん? ていうか、一体どういう世界なんやろ?」

僕が立ち上がりながら、そう答えたとき、向こうから、青い火の玉のようなものが、ゆらゆらと炎を揺らしながら、近づいてきた。

「案内しますので、ついてきてください」

火の玉は、僕の目の高さのところに浮かんで、そう言った。

「うん」

僕は、短く答えて、後を追うように、草地を歩いた。


――――そして、今。

僕が立っているのは、低い生け垣を巡らせた屋敷の、小さな門の前だ。

木戸が、ゆっくりと門の内側に向かって開き、火の玉が、ゆらりと先に中に入る。

そして言う。

「主がお待ちです。参りましょう」

僕は、左のポケットをそっと上から押さえて、言った。

「行くぞ」

「おう」 

左ポケットからのくぐもった一声を、僕は、妙に心強く感じた。

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