第7話 ついてるんちゃう?
「え? 光瀬さん、今日、休みなん?」
僕は、昨日の帰り道でのことが気になっていたので、今朝、登校したら、真っ先に声をかけようと思って、彼女が来るのを待っていた。
ところが、予鈴が鳴っても、彼女は姿を見せず、僕は、少しいやな予感がして、斜め前の席の岸さんにきいたのだ。岸さんは、いつも光瀬さんと一緒にお弁当を食べたりする、仲良しだ。
「なあなあ、光瀬さん、まだ来てへんよな?」
「うん。そやねん。朝、いつもの電車に乗ってへんから、電話したら、お母さんが出て、
今日、体調悪いから休むって、言われた」
「え? 今日、休みなん?」
僕は思わず、大きい声が出てしまった。
でも、教室は、その声を誰も気に留めないくらいには賑やかだった。
「うん。なんか、めまいがひどいとかで、寝てるって」
「そうなんや・・・」
僕の不安はますます大きくなる。
ジャケットの左ポケットで、もちまるが、ぽてん、と身動きした。
なんだか、「ほらな」とでも言ってるような気配だ。
「どうしたん? 伏見君、なんか用事でもあったん?」
「ん、いや、昨日、たまたま帰り道で一緒になったからさ」
「そっか。・・・でも、昨日、元気やったのにな・・・」
岸さんも、心配そうな顔をしている。
本鈴が鳴って、担任がホームルームを始める。
光瀬の欠席は、学校にもちゃんと連絡が入っていたようで、体調が悪く、当分の間欠席する、と担任が言った。
左ポケットでは、もちまるが、さっきからずっと、むにむにと、動いている。
じれったそうだ。何か言いたいことがあるらしい。
(わかってるよ)
僕は、ポケットの上から、そっと小さな丸みに手をのせる。
授業中、僕は、ひたすら、昨日の光瀬の様子を思い返していた。
顔色は、特に悪くはなかった。でも、なんだか少し不安そうな雰囲気で、焦っているようにも見えた。
昨日は、もちまるに出会ったばかりで、僕自身も気持ちが落ち着かなくて、そう、正直言って、自分のことで精一杯だった。
そうや。もちまるも、あのこが心配やって言うてたのに・・・。
あのとき、すぐに話を聞いといたら、よかった。
僕は、後悔した。
そして、思わずため息をつく。
和也や丈くんに、また心配されそうだ。
いつもそうだ。僕は、自分のことでいっぱいいっぱいになったら、人を気遣う余裕がなくなる。そして、文字通り、後になって後悔する。
後悔なんて、いくらしたって、意味なんかないのに。
僕は、自分で自分の頭を、ポカポカ殴りたくなってくる。
チャイムが鳴って、僕は、和也や丈くんに声をかけられる前に、フルスピードで、席を離れ、中棟4階まで、ダッシュした。
そして、廊下の行き止まりの部室前まで行って、ポケットに話しかけた。
「もちまる、おまえ、昨日、心配って言うてたよな。間に合うかな、とかも」
「うん。あの子から、すごく、暗くて重い気配というか妖気が漂ってたんや。おまえ、感じへんかったんか?」
「うん」
少し、顔が曇ってるな、ぐらいにしか感じてなかった。
「あの子にも、なんかが憑いてるんちゃうか」
もちまるが言う。
「なんか、って?」
「・・・妖怪、とか?」
とか?
もちまるも、ちょっと自信がなさそうだ。
「なんにせよ、あんまりええ雰囲気はせんかった。あのままほっといたら、あの子、
あぶないで。今、どんな状態なんかはわからんけど・・・」
「うん。今日、授業終わったら、すぐに、光瀬んちに行ってみる。保育園と小学校一緒やったから、家知ってるし、お母さんとも顔見知りやから、話はできると思う」
「そうなんか」
「うん。うちが引っ越して、中学は別やったけど、高校でまた一緒の学校になったとき、お母さんも、うちに遊びにおいで、て言うてくれてたから。とにかく、会いに行ってみる」
「そやな。そうしたほうがええな」
放課後、僕は、隣のクラスで、美月をつかまえて言った。
「ごめん、今日も部活休むわ」
伝言を頼もうとすると、
「ごめん。私も、今日部活休むねん。ちょっと、友達んとこ行こうと思って」
「ひょっとして、光瀬さん?」
「そう。なんで? あ、そうか、伏見くん、同じクラスやもんね」
「いや、実は、僕も、今から光瀬さんとこに行こうと思って」
「え? なんで? ・・・まさか、付き合ってる、とか?」
「ちゃうちゃう。でも、ちょっと気になってな・・・」
僕は、昨日、帰り道で会った時の話をした。
「う~ん。それ、気になるね。何を相談しようと思ったんやろ?」
「わからん。でも、このままほっとくのも心配やし」
「そやな。一緒に行こか」
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