第6話  ほんとのところは、どうなん?

 「もちまる?」

 晩ご飯のカレーとサラダを作り終えて、部屋に戻った僕は、壁際の白いボールに声をかけた。 やはり、返事がない。

「まだ怒ってるん?」

もう一度声をかける。

そばに行って、ちょいちょいと指先で、つついてみる。

やっぱり、もちもちっと柔らかい。

「こら! こそばいわ」

やっと、もちまるがしゃべった。

見た目はかわいいのに、しゃべりかたは、ちょっとおじさんぽい。

「へ~」

僕は、もう一度、ちょいちょいとつついてみた。

「こら。こら、やめ」

「へっへ~」

「おまえなぁ・・・」

「晩ご飯、食べる? カレーとサラダ」

「え? ええの?」

ぽてっと、ボールが跳ねた。

「ええよ。 でも、妖怪って、何食べるもんなん?」

「それは、ひとによりけりや。オレは、何でも食べる。人間がおいしいと思うもんなら」

「じゃあ、持ってくるわ」

「おまえは、食べへんのか?」

「一応、家族が帰ってきてから一緒に食べるから」

「そうか・・・じゃあ、オレ一人で食べるんか」

もちまるの点目がじっと僕をうかがっている。

「そやな。ごめんな。さすがに、もちまるが、うちの家族と一緒に食べるのは無理やろ?」

「うん・・・」

もちまるの点目が小さくなった。

  僕は、台所へ行って、皿にカレーライスを盛りつけ、小皿にサラダをのせた。

そして、自分用に、ちょっと小さめの皿にカレーライスを盛る。

「あれ、大ちゃん、もうご飯食べるん?」

「いや、あいつにちょっとだけ、付き合うわ。なんか一人で食べるのさみしそうで、しょんぼりしてるから」

「ふ~ん。さっきは、あんな冷たいこと言うときながら、けっこう親切やん。大ちゃん、お人よし」  萌が、笑う。

「でも、いつまでいてるのかわからんけど、ずっと、みんなに内緒にはできへんで」

「うん。そやなぁ。 見えるのが、僕と萌だけやったら、よけいに説明しにくいしな・・・」


ともかく、この先のことは、後でゆっくり考えよう。今は、晩ご飯だ。

部屋に戻って、ローテーブルに、カレーライスの載ったお盆を置く。

二人分の皿があるのを見て、もちまるの点目が大きく輝いた。

「大吾、おまえも食べるんか?」

「ちょっとだけな。つきあうわ」

「そうか。ありがとう。いただきます」

もちまるはそう言って、ちょこんと正座し、手を合わせてから、食べ始めた。

どうやらお腹が空いていたようで、カレーの皿は、あっという間に空になり、サラダも、きれいに完食した。

それでもなんだか、物足りなそうなので、僕は、自分の皿のカレーを半分、わけてやった。

「ええん? ほんまに? ありがとう」

白いもちもちの体のどの辺に胃袋があるのか?

じっとみていたけど、伸縮自在というだけあって、もちまるの口から吸い込まれるように消えていったカレーは、どこにいったのか、僕にはよくわからない。

ドアが開いて、入ってきた萌が小さなカップに入ったプリンを、もちまるに差し出した。

「ぽてちゃん、デザート」

「え? オレに?」

カレーのスプーンを名残惜し気に握っていたもちまるが、ぽてっと飛び上がった。

「うん。プリン。きらいじゃなければ」

「好き。食べたことないけど、たぶん、好き。ありがとう」

萌から受け取ったプリンを、一口食べて、もちまるは、点目を今まで見た中で一番大きくして、叫ぶように言った。

「美味い! なにこれ、めちゃめちゃ美味い!」

気のせいか点目をウルウルさせて喜んでいる。

「うん。気に入ってよかった。 あ、ついでに言うとくと、それ、大ちゃんの分やから~」

「え、何それ!」

よく見ると、僕のお気に入りの、近所のパン屋さんのプリンだ。

いつも数量限定でしか作らないから、朝早くにはまだ売っていないし、夕方遅いと売り切れてしまうプリンだ。 ちょっとかためで、甘さも、卵と牛乳の風味のバランスも絶妙で、大きすぎず、ちょっとずつ食べても5口ほどで食べきれてしまう量なのも絶妙なのだ。

「いいやん。買うてきたん私やし。私が決めてええやろ? それに、大ちゃんのお友達やねんから、プリンの1個くらい出して、おもてなししてあげやな」 萌は言う。

「お友達って・・・」

う~ん。 タイミングが合わないと買えない、この店のプリンは、僕も久しぶりやのに。

僕が、少しがっかりしたのに気づいたもちまるが、一瞬手を止めた。

そして、あらためて一口すくって、僕に差し出す。

「ごめん。一口、食べるか?」

「・・・ええよ。気に入ったんやろ? せっかくやから、最後まで食べや。僕は、いつも食べてるし」

「ありがと」

もちまるは、僕がそう答えるのを見越していたのか、あっさり、自分の口にプリンをいれた。幸せそうに、点目の上の眉毛が下がっている。一口一口、味わうように食べて、これまた、きれいに完食してしまった。

「めちゃめちゃ、うまかった。ぜんぶ」

満足そうに言って、もちまるは、白い手で口元を軽くぬぐう。

そして、ちょこんと正座して両手を合わせて、ぺこりと頭を下げて言った。

「ありがとう。ごちそうさまでした」

まるい頭と体が、妙に可愛らしい。

そして、彼は、ため息交じりに言った。

「ほんま・・・いまの人間て、めっちゃええもん食べてるねんな」


・・・う~ん。とくにご馳走というわけちゃうけどな。

と、僕は思ったけど、

「どういたしまして。美味しかったんなら、よかったわ」

そう言って、空になった皿をお盆にのせて、部屋を出た。


なぜだろう。

僕の心の中に、不思議な気持ちが湧いてくる。

カレーもサラダもプリンも、とりたてて、珍しい食べ物でも特別なごちそうでもない。

でも、食べているもちまるの表情は、本当に心から幸せそうで、嬉しそうだった。

プリンを食べたことない、とも言っていた。

妖怪だから、今まで、人間の食べ物をあまり食べる機会が、なかっただけなのかもしれない。 でも、ほんとに、ただそれだけなんだろうか?

もちまるって、ほんとに何者なんやろ?

妖怪やって、本人は言うてるけど、ほんとのところは、どうなんやろ?

頭の中は疑問符でいっぱいなのに、心の中には、彼を受け入れ始めている僕がいるのだ。


台所へ戻ると、萌が、言った。

「あの子、喜んでたね」

「うん。めっちゃ喜んでた。で、いっぱい、ありがとうって言うてた」

「悪い子とちゃうと思うで」 萌がまじめな顔で言う。

「そやな。・・・でも、何のために、僕についてきたのかは、わからへん。やから、そこは、気をつけてないとあかんと思う」

僕も真剣な顔で返す。

「そやね。 でも、あんまり、冷たくせんといたってな。なんか、めっちゃかわいそうになるし。ていうか・・・丸くてぽてっとして、ふつうに可愛いと思えへん?」」

「・・・たしかにな。そこは、認めるわ。 それにしても、この先、あいつのこと、どうしていったらええんかな・・・? 昼間は学校に連れて行くとして・・・」

「う~ん。困ったね」

「困ったな。まあ、ぼちぼち様子見ながら、考えるしかないか・・・」


―――そのときは、まだ、僕は呑気にそんなことを言っていた。

ちょうど同じころに起きていたある出来事を、翌日、知るまでは。


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