第5話 信じていいん?
「・・・はあ。待たせすぎや」
ローテーブルをはさんで、僕の前に座ったもちまるが、ため息をついた。
「あのな、まず、さっきのあの子や」
「うん?」
「はっきりとはわからへんけど、なんか、あんまり良うない気配がしてたで」
「・・・」
「大吾、今、お前が言うか? とか思たやろ?」
「わかるか?」
「わかるわ」
「あのさ、一緒に家に帰ってきてしもたけど、絶対、いらんことはしたらあかんで」
「いらんことって?」 もちまるの点目が少し大きくなる。
「僕が困ることや、家族が困るようなことや」
「・・・おまえ、意外と慎重な奴やな。腹立つけど、賢明やわ。起こったら困ることは、具体的には口に出さへんのが、得策や」
「で、ほんとのところ、もちまるは、何がしたくて、僕についてきたん?」
「それは・・・言うたやん。エネルギーをちょこっと分けてもらおうと思っただけやて」
「ふ~ん」
僕は、もちまるの点目をのぞき込む。
もちまるは、微妙に目をそらす。
そのときだ。
だだだっと、階段を駆け上る足音がして、僕の部屋のドアが勢いよく開いた。
「ただいまっ! 大ちゃん! 」
萌だ。
「おう。おかえり」
答えてから、ふとみると、向かい合っていたはずのもちまるの姿がない。
小さくなって、テーブルの下にでもかくれたのかもしれない。
そう思った次の瞬間、萌が言った。
「大ちゃん。・・・一体、何連れて帰ってきたん?」
「え?」
「それ。その、巨大クッションのふりしてる子」
萌が僕の背後を指さす。
ふりむくと、僕の背後に、巨大な丸いクッションサイズになったもちまるが、
ぽってりと座っている。
「うわ。ばれた」
もちまるが言って、クッションサイズから、さっきの僕と同じくらいのひとがたサイズに戻った。
「大ちゃん。どういうこと?」
萌が、もちまると僕を見比べながら、言った。
「・・・妖怪らしい。朝、そこの角で出会って、・・・ついてきた」
「ふ~ん」
萌は、もちまるをじ~っとみつめる。
萌は、僕と同じくらい、いや、もしかしたら、僕以上に、不思議なことに出くわしている。そして、ちょっとやそっとでは、驚かない。
家族の中で、この不思議に出会いやすい体質?なのは、僕と萌だけだ。たぶん。
萌が、あまりにじーっと見つめるので、もちまるが、少し居心地が悪そうに、ぽてっと動いた。
その瞬間、萌が言った。
「ぽてちゃん♡」
「んあ?」
もちまるが、声を上げた。
「あ! また、やってしもた!」
「返事、してしもたな」
僕が、少し意地悪く言うと、もちまるは、しゅんとして、うつむいた。
「・・・こいつら、いやや。 なんで、二人とも、そんな好き勝手に、オレに名前つけるねん」
「名付け親、増えたってこと?」
「うん。・・・オレ、うかつやった・・・」
「名付け親って、なんかええことあるん?」 萌が訊く。
「名付け親のいうことには、逆らわれへん。手出しできへん」
「へ~。じゃあ、わたしのいうこと、きいてくれるってこと?」
「そうなる」
「じゃあ、お願いがある」
「なに?」
「もう一回、さっきのサイズと形になって」
「萌、おまえ」
「うん。もっちもちの巨大クッション、ずっと欲しかってん」
「あの、ひとをだめにするってうわさのやつか?」僕が言うと、
「そうそれ」
そう言いながら、萌は、もちまるの肩のあたりを、指先でつついている。
「うん、ちょうどいい感じ」
もちまるは、僕に助けを求めるように、少し困った顔をした。
なので、僕は、言う。
「あのさ、萌、まだ、こいつの正体、いまいち不明やから。クッションにするとかは
まだ、やめといたほうがええんちゃう?」
すると、もちまるが、きっと僕をにらんだ。
「ひどいな! 今日一日、一緒におったのに、まだそんなん言うって、あんまりや・・・」
ちょっと泣きそうな声で、僕に抗議する。
「いいかげん信じてや」
「・・・ごめんやけど。まだ、むりやわ。一日も、とも言えるけど、一日しか、とも言えるからな。もう少し時間がいるな」
もちまるは、少し、しょんぼりと肩を落として、部屋の隅に行くと、小さなボール状になって、ころがった。そして、そのまま、ボールの姿のまま、壁の方を向いてしまった。
ちょっとかわいそうな気もするけど、油断は禁物だ。
「大ちゃん」
萌が、僕を少し恨めしそうに見た。
(かわいそうやん)
目がそう言っている。
(しゃあないやん。そんなにキケンな奴じゃなさそうやけど、でも、まだわからんし)
僕は、声に出さずに口パクで答える。
(連れて帰ってきたうえに、名前まで付けたくせに)
声に出さずに、同じく口パクで文句を言う萌に、僕は言った。
「とりあえず、下に降りて、晩ご飯の用意しよか」
「・・・うん」
萌は、それ以上は何も言わすに、先に部屋を出た。
部屋を出るとき、僕は、壁の前に転がっている白いボールに声をかけた。
「もちまる」
返事は、ない。
どうやら、本気ですねているみたいだ。
僕の胸が、ずきんと痛む。
(ごめん、もちまる。でも、おまえやったら、今日会ったばかりの妖怪、そんなに簡単に信じられるか?信じていいと思うか?)
僕は、心の中で、そうつぶやく。
でも、なんだか、自分でも、それをちょっと言い訳っぽく感じてしまっている。
・・・・・・困ったことに。
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