第2話  名付け親?

 「うあ!!!!」

妙に可愛らしい声で叫んで、白い丸いバレーボールのような塊が、僕の前からはじけるように飛びすさった。

そして、3メートルほど離れたところで、空中で1回転して止まったそいつは、

「びっくりした~」

そう言いながら、身長1メートルくらいの縦長の人型になり、とことこ歩いて、僕に近づいてきた。そして、

「なんで、急に振り向くん?びっくりするやんか」

僕に文句を言った。

僕はあえて返事をしない。

もう少し、その白いモチのようなやつにしゃべらせてみようと思ったのだ。

「おまえ、けっこう人が悪いな。自分は黙って、オレにばっかしゃべらせて、様子を見る気なんやろ?」

そう言って、白い人型のやつが、さらにびょーんと縦に伸びて、僕と目の合う高さになった。

「ほれ」

僕の方に、顔を近づけて、自慢そうに、そいつは言った。

「オレ、伸縮自在やねん。形も自由に変えられる」

目は黒い点。口は、黒い線。今、その線はきれいな弧を描いて、口角が上がっている。

笑っているニコチャンマークのようだ。

まるで、誰かのへたくそな落書きみたいにシンプルな顔だ。

全身白くて、見た感じ、もちもちっとして丸い。

触ったら気持ちよさそうな気がしないでもない。なんというか、名づけるとしたら、

「もちまる・・・」

思わずつぶやいた僕に、

「んあ?」

そいつが答えた。

そして、次の瞬間、

「うああ~。しまったあ~返事してしもた~!」

「もちまる」

もう一度、僕は呼んでみる。

「う」

短く声を発して、悔しそうに、そいつは、言った。

「おまえ、ずるいわ。うっかり返事してしもたやん」

「もちまる、って言うただけやで。なんでずるいん?」

僕は、できるだけ淡々と答える。

しゃべり方だけ聞いていると、ちょっと間抜けなお人よしみたいだけど、まだ簡単に気を許すわけにはいかない。

「誰かに呼ばれて返事したら、その呼び名を認めたことになるねん」

「認めたらなんかまずいことでもあるん?」

「名前を呼ばれてそれに答えるってことは、自分にとってその相手が名付け親的な存在になるってことや。名付け親には、逆らわれへんし、手出しできへん」

「ふ~ん。じゃあ、先に、僕が呼んだから、僕が名付け親ってこと?」

「・・・そや」

そいつは、丸いもちのような頭をコクンとたてにふった。

「でも、ほんまの自分の名前があるやろ?勝手な呼び名なんか無視したらええんちゃうん?」

僕が言うと、そいつは、少しさみしそうに、ぽそっと言った。

「ほんまの名前は・・・ない。そんなん、オレみたいな下っ端の妖怪に名前なんかあれへん」

「一つ目小僧とか、一反木綿とか、ぬりかべ、こなきじじい、とかいろいろあるやん」

「あのひとらは、本にも載ってるような超メジャーやもん。オレらみたいなマイナーな奴は、名前どころか存在も知られてへんし。せやから、人に憑りついて、なんとか生き残っていくしか道がないねん」

「ふ~ん。僕に憑りつく気やったんや?」

僕が少し冷たい目つきになったのを見て、そいつは慌てた。

「え、あ、ちゃうちゃう。なんていうか、ちょっとエネルギー分けてもらおと思っただけやねんて」

「エネルギー?」

「うん。なんか、おまえから、めっちゃきれいな気持ちのいい光が出てて、これ、少しでも分けてもろたら、パワーアップできそう・・・て」

「へ~」

そういったところで、ちょうど予鈴が鳴った。


「あ、チャイムが鳴ったわ。教室戻らなあかん。おまえどうする?ここにおるか?ここやったら、放課後まで、たぶん誰も来ないやろうし」

「え。いやや。誰もおれへんとこにひとりでおるのいやや」

「え?なんで?」

「こわい」

「はあ?」僕は、少し呆れる。

「さみしい」

点目の上に、情けなくたれさがった八の字まゆがあらわれる。

「訊くけど、おまえ、妖怪なんやろ?」

「うん」

「妖怪のくせに、誰もおれへんとこ、こわいん?」

僕は、少し意地悪く言った。

「う。悪かったな。・・・でも、~のくせに、っていう言い方、よくないで。きめつけはあかん」

そいつは、少ししょぼくれつつも、えらそうに言った。

でも、確かに一理ある。僕は、素直に謝った。

「ごめん。じゃあ、おまえ、小さくなれる?ポケットに入れるくらい」

「うん」

そいつは、嬉しそうに答えて、一気に小さくなり、ついでに、まん丸のボールみたいな形になった。

そして、ポーンと弾んで、僕の左ポケットに入った。

「これでええ?」

ポケットの中から、少しくぐもった声がする。

「ええよ」

僕が答えると、ポケットの中で、そいつが、ぽてん、と少し身動きしたのが分かった。

「あ、そや。今から授業やから、僕がいいって言うまで、絶対、話しかけてきたらあかんで。できるか?」

「できる」

「なるべく気配も消すんやで」

「消す」

「よし、じゃ、行こう」

「あ」

ポケットの中から声がした。

「なに?」

「あのさ、せっかく名前つけてくれたんやから、名前で呼んでや。おまえ、じゃいやや」

「注文の多いやつやな。しゃあないな。じゃ、もちまる、いくで。これでええか?」

「うん」

うれしそうな声がした。

もう間もなく本鈴が鳴る。急がないと。

「あ」

また声がする。

「まだ、何かあるん?」

「あ、いや、いい。あとで」

もちまるが、申し訳なさそうな声になったので、僕は、言った。

「僕は、大吾。大吾って呼んだらええよ」

「大吾。・・・ありがとう」

もちまるが、ポケットの中で、ぽてんと跳ねた。

朝のホームルームに遅刻したら、担任がちょっとうるさい。

僕は、大急ぎで階段を駆け下りて、教室へ向かう。


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