静かなる彼岸花

狩る花

思い出すんだ、いつものあの赤い部屋で起きたことは。

ずっと心に残っている気がするんだ。何もかもわかっていない方が良かった。

そんなことを思い出すたびに心と体が引き裂かれる様に熱い熱いねつを持って、行動を鈍らせる。

最悪のタイミングで最悪のアクシデントに見舞われたのはいつもそうだった。

何にも言って欲しいわけでは無い。

でも声は掛けてほしい……これは驕りなのだろう。

重なる唇と唇は、二人の間を曖昧にする。何でこんなことになっているのかも分からないまま、何でこんなことになるんだろうと自虐する。

これがいつもの……日常では無い、非日常だろう。


「貴方が嫌いなわけじゃ無いの……ただ」


ただ……何だろう。


「良い人止まりなの……バイバイ」


ずっとさよならなんて嫌だよ。

ずっと愛を誓い合ってたじゃ無いか。

苦しいよ、痛いよ、辛いよ、苦いよ、何だよこの味は。

不味く感じる空気からは逃れることができない。自分から離れることはできない。

そう思うと包丁を取り出して暴れ回りたくなる。

危険なことじゃ無い。

ただ永遠に貴方の瞳に自分を映らせたいだけ。その長い髪も、良い匂いのする香水も、その細いまつ毛も、黒い瞳も全部全部全部自分のものになったままそのまま死んでください。


「なん……で、何でな……の?」


そんなの知らないよ。

自分だって分からない。

自分だってそんなことしたく無いけど、でも体が動いてしまったんだ。

警察がすぐにきて自分は捕まる。

相手は死んだ。

次は誰が自分の恋人になってくれるだろう?次は誰が自分の相手をしてくれるのだろう?

そんなことを不安に思いながら、意識を途絶させる。

すぐに釈放された自分はそのまま駆け巡る様に新しい恋をして、そして殺して捕まって……釈放される。

性同一性障害の多重人格のワタシや私や僕や俺、好みのタイプは全員違って、全員が全員自分のことを記憶に留めてほしいだけ。

それで持ってなれた包丁で刺して殺して……自分達の後ろにはいつも彼岸花が咲いていた。

殺された恋人達が残した花々を見つめながらいつも思い耽る。

この花がここでいっぱいに満たされたらなんて綺麗な光景になるのだろう?

なんて素敵なことになるのだろう?

そう思ってくると自分達が良いことをしている様な気分になって、最高に楽しい夜がまた始まる。


「キスは短めが好き?」


それは自分にも分からない。

分からないんだけど、何でかいつもと違うキスをされるとどうしても不安が拭えないんだ。

何だか、あの人が自分のものじゃなくなる感覚がしてならないんだ。

気づいた時にはその人はもう死んでいた。

いや、自分の手で殺した。

思い出の残るままに、写真をフォルダーに飾る様に、ずっとずっと好きでいてくれる様に、自分達は最善を尽くしている。

これが本当の愛って奴なんだろうか?

これが永遠に続く恋って奴なんだろうか?

なら欲しい、欲しいよ自分は。

本当の自分を見つけてくれるまで、ここの彼岸花が満々に咲き乱れるまで、永遠にずっと。


「こんなのはどうだい?貴方に似合う髪飾りだ」


嬉しい……けど、それって誰の入り知恵?君はそんなことをする様な人ではなかった。

記憶の中での君はそんなことをせず、ただがむしゃらに自分を求めてくれるだけだった。

だから殺した。

簡単に、赤子の手を捻るよりも簡単に殺した。

殺された恋人達は、ずっと彼岸花を咲かせる。

自分達の空間にはいつも彼岸花があった。

不吉の象徴とされる彼岸花だけど、自分達にはそれがとても綺麗に思えて、何度も何度も刺して殺して……刺したら何が残ったのだろう。

残ったのはここにある彼岸花だけ。彼岸花は枯れることを知らずに自分達の心に咲き乱れている。


「ワタシは僕は俺は私は……一体誰が好きなんだったけ」


自分はしがない殺人鬼。

愛と恋に飢えて人を屠るもの。

刺激的な愛をお望みとあらば、すぐにでも用意できます。

貴方も、自分達の一部になりたいんだね。

恋人はずっと自分達の中で生き続けている。

嘘だと思うのなら、一回試してみない?

そこの先に何が待ち構えていようとも、自分は貴方のことを好きなままでいてあげれるから。

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短編集:邑真津永世 邑真津永世 @muramatsueise117

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