送る百合

去る花

 ああなんて日なんだ。間違ってしまった。また間違ってしまった僕は。

 夕陽に向かってなんて叫んだらいいか分からない僕はただ呆然と立ち尽くし、時が進むのを待つだけになってしまっている自分がいることに涙を流した。

 絶望に暮れ、夕陽の眩しさに目を霞ませながら、こんなことを口にする。


「僕らしい僕じゃない」


 自分らしさとはなんなのか、ずっと押し問答している僕にとっては、永遠の課題で永遠のテーマだ。テーマを自分で決めること自体、自分らしさなんてものは微塵もないのかもしれないけれど、そうしないと耐えられなさそうで悔し涙を流す。

 溢れてやまないその雨は、どこに向かっていくのだろう。自分の足元か?それとも人に向かってか?

 再開を誓い合った鉄塔で渡された花は百日紅サルスベリで、不用意にも受け取ってしまった。花はなんでも好きだったが、なんでもじゃダメだったんだなって気付かされる。そんなことも碌に分からないなんて、許されるだろうか。自分に問いかけた言葉は戻ってくることはない。わかり合おうともせずに何が人間なんだ。

 わかりあうことは大切な、人間の証であり希望でもある。分かり合い分かち合い、それこそが人間らしい僕だ。

 分かってあげられなかった自分が悔しい思いが伝わってくる。

 どうして感情というものは抑えきれずに溢れ出てくるのだろうか?これは人間らしい僕なんだろうか。疑問だけが疑問だけが残る。いつも腑に落ちなかったのは、人間らしくない僕なんだ。

 

 そこら辺のヤンキーにぶちのめされてよろよろと立ち上がり、自分らしさを取り戻している。馬鹿にされて貶されようとも立ち上がる。

 これが痛みだ。慈しみさえ感じる。

 痛みこそが僕を救ってくれる。痛みこそが自分の心の炉に火を焚べて熱く煮えたぎらせる。情熱を感じてこその鼓動と魂の躍動を感じ、そこでヤンキーに殴りかかるが僕のパンチなんかを待ってくれるはずもなく、ただ無惨にリンチにされるだけだ。

 家に帰ると、何も返事の返ってこない部屋。親はいない。僕を残して出て行った人間なんて、なんの興味も感じない。沸き立つ思いは苛立ちの感情だけだ。

 手に握りしめた百合はあの人に渡すためだった花。もう意味はないけどさ、渡したかったんだ。純粋で無垢だと思った君にぴったりの花だと思ったんだ。だけど違ったんだ。僕の大いなる勘違いは、弾いてはあの人の困った顔を連想させた。

 どうして僕じゃダメだったのかなぁ、どうして僕は選ばれなかったのかなぁ。挫ける足は応急手当てをして、素人目からわかるぐらいにはボロボロだ。本当の病院に行ったわけじゃない。自分で自分を治した。

 心は自分で直せないのに、外面の傷は消毒で癒すことはできるのに、どうして内面の傷は目立つこともなく僕を傷つける。傷をつけて、膿んで心をジュクジュクにする。溢れ出した血は止まることもなく、音を立てることもなく溢れ続ける。あぁ、これこそがこれこそが心の痛みだ。悲しみだ。


 どうだっていいと思えるようなこの心は、自分を蔑ろにして何でもかんでもを壊そうと脅してくる。震える手は自分では抑えられなくて、ただ気持ちの整理がつかなくて椅子を何個かダメにした。

 ダメだった僕にダメにされた椅子はなんでかわいそうなんだろう。僕の感情に振り回される僕の道具たちはどことなく寂しげに見つめているような気がした。

 僕は家を飛び出してそこらの地面に百合をばら撒いた。


「どうか、どうかわかってください。この花は……この花にはいろいろな意味があったんです」


 誰に喋りかけるでもなく、虚空に言葉が広がっていくのが煙草の煙のようで、訴えかけているのがわかった。訴えている相手は誰なのかは最早判らないが、自分では止めることのできなかった衝動的なものだ。

 嗚呼、鼓動よ止まってくれ。この激しい鼓動を止めてくれ。暴れてうるさいぐらいになるこの鼓動は激しく痛みを増して自分に牙を剥いていく。止まってくれ、この鼓動よ。人に牙を剥くぐらいなら、このまま静かに音を立てずに止まってくれないか。

 僕は僕はこんなことをしたいために動き出したわけじゃない。君をただ見ていたい。あの人をただ見ていたいだけなんだ……違うっ!違う違う違う違う!あの人と一緒に歩きたいんだ!あの凛としている人とそばを歩きたいんだ!あの人の元へ連れてっておくれよ。どうかあなたに送る百合の花を渡しに行って……。

 そう願っても、遠くに行ってしまうあなたには渡すことはできなかった。如何にもこうにも行動しなくちゃ前に進めないけれど、決してそれが前に進むことにはならない。どうかしていた自分はどうにもすることはできずに、ただあの笑顔を僕に向けて欲しかった。

 向くことない笑顔は僕には眩しすぎてただただ呆然と立ち尽くし、諦めることしかできなかった僕は、あの人の結婚式に行く資格などない。渡された招待状は、そこら辺にあるゴミ箱へ落とした。

 去り際に。


「あなたとは一緒にいけないようです。さようなら。またどこかで会いましょう」


 そんな捨て台詞を残し、自分には似合わない感情を、自分には似合わない百日紅を渡し去っていくのみだった。

 もう涙は流さない。流すことなどない。だって、涙はもうとっくに枯れて枯れて枯れて、赤い涙を頬に伝わらせるだけなんだから。

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