短編集:邑真津永世
邑真津永世
赤い薔薇
散る花
燃え盛りそうなほど真っ赤な薔薇は、あの人の口付けと共に、失われた。
血のようにも似た真っ赤な薔薇は誰のもとに届くのだろうか。自分はそれをみた瞬間に地面に買ったばかりの薔薇を落としてしまっていた。
街の音が遠ざかって、自分の心音だけが耳元で激しく鳴る。
逃げろ、ここから逃げろ。いなくなってしまえって泣き叫んでいる。
激しい感情の奔流から、逃げ惑うこともできずに困惑、混乱して、その場に立ちすくんでいる。こんな状態の人間を見たら、みんな訝しんで見るだろうし、僕も指を刺して「なんだあいつ」となるだろう。
いつも通りの帰り道、僕は女の子に恋をした。真っ赤な髪をした女の子だった。
恋した理由はとうに忘れてしまったが、昔からの知り合いで、ついこないだまで連絡など取り合ってもいない中だった。
「あ、あの!【いつも見かけてた花屋の子】ですよね……?」
不安そうに喋りかける僕に、あの人は笑って答えてくれる。
「あ、君!【いつも教室の隅にいて本を読んでた】よね!」
覚えててくれた!ただそれだけで幸せに感じた。幸せに感じたと同時に、どうして僕なんかを覚えててくれたんだろう?と疑問に思ってしまう。
これぐらい美人な子だったら、悲しいことではあるが別のやつと付き合っていてもおかしくないルックスをしている。
僕は負け組、彼女は勝ち組。クラスのカーストで言えば月とスッポンだ。
悲しくて涙がちょちょぎれる。
もうこの場から離れようかなと思ったそのとき、彼女は声をかけてきた。
「いま、暇かな?店番変わってもらうから、買い物に行こうよ!」
明るく話しかけてきて、陽キャであることを実感させられる。
なんか悲しい未来の縮図が見えて、少し鬱気味になった僕は、それでも、彼女との『デート』の誘いに乗るしかなかった。今ことの時を逃せば、自分になんか一生訪れないであろう幸せは、自分の手で掴み取ることにあると思ったからだ。
「よ、喜んで、僕なんかでよければ、よろしくお願いします!!」
「フフフ、何それ!いこいこ!」
へ、返事変だっただろうか?誰にも確認する友達なんかいないから、無性に不安になったが、頼れるのは未来でも現状でも僕一人。
しかも頼ってもいられない状況なのだから、どう足掻いても自分自身でなんとかするしかなかった。
「は、はい!」
言われるがままについて行く僕。ニコニコと笑って僕を連れ歩く彼女。
世界の構図から見ても歪なその関係は妙に続くことになる。
「君って、あの映画好きなんだね!私も見たよ!どうだったあれ?すごく興奮しなかったっ!バーンってなって、ドーンってなってさ!!」
彼女は映画が好きらしく、自分も見た不朽の名作の話になった。
カフェでする話にしてもどうかとも思ったが、意外とハマって、僕と彼女はその映画のことについて、小一時間華を咲かせることになる。
素敵だ。彼女の喋っている声も、心から話してくれるであろう、その真摯な眼差しも。
最高に自分との想いがマッチしているようで、心から微笑み合えるぐらいには、素敵なひと時だった。
「うげっ!もうこんな時間!母さんに怒られちゃう!」
テヘッと舌ベロを出す仕草も可愛らしいなんて、この人は人間じゃないんじゃないか?ま僕の心の砂漠の中に現れた天使と言い換えても差し支えはないだろう。そうに違いない。
「ぼ、僕は気にしないでいいよ。店番、あるんでしょ?だ、だったら行きなよ」
ちょっと弱く言ったつもりだったけど、もし突き放すような感じで撮られたらどうしよう……。自分の会話スキルがないことに不安を覚え、今すぐにでもレベルを上げたい想いに駆られる。
「うん、分かった!じゃ、私帰るね!あ、店代多めに置いとく!今日はありがとう、楽しかったよーーっ!!またあそぼーーっ!!」
そう言う彼女に手を振り、胸の前でぎゅっと握りしめる。
よ、よかった。ちゃんと汲み取ってもらえてた。
自分の会話スキルが低かったが、相手の心を読み取るスキルは高かかったようだ。それでも、自分のスキルは低いんだと、自己評価の低さに悲しみが溢れてしまう。
激動の1日だった。何もない僕の日々に、彼女がスパイスとなって、僕の鍋の具材を刺激する。なんて幸せな日だったんだろう。
こんな時間がもっと続けばよかったのにな。僕は柄でもなくそんなことを思ってしまっていた。
いけない、と首を振り、店の勘定を終えて外に出る。
いつも見ていた街の風景が今は煌めいて見えるのは気のせいだろうか?気のせいではないのだろうか?真剣に神経外科に見てもらはないといけないと思っていた頃には、夕方になり、行くのは諦めた。
また明日も会えたりするのかな……?
また一日、また一日と過ぎて行く。
彼女とは結果会えた。そこに行くと彼女がいて、自分は彼女の送り人。
彼女を迎えに行くのは僕で、彼女は待ち人。
こんな人生が続けばいい、本気でそう思った。洒落とか冗談じゃない、本気でだ。
僕の心はこんなにも彩られていき、彼女の笑顔はまるで薔薇のように輝いて見えた。
そうすると僕は白百合。か細くて頼りない印象なんだけど、赤い薔薇に添えられることができるんだ。
気づいたら、僕は彼女に恋をしていた。
本当に本当に好きなんだってそう思っていた。
あの映像がフラッシュバックする。
あの男は一体誰なんだ、なんで僕がこんな想いをしなくちゃいけないんだ、なんで僕が!!
僕は女だった。
「女の子とは、恋することはできないよ」
彼女にもそう言われた。私は百合、白百合の花。そんな私が恋をした。そして恋は破り捨てられた。そんな話。
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