窓際カフェにて僕とキミは喋る。
常闇の霊夜
僕は窓際の席に座り、苦いコーヒーを飲みながら外を見ていた。
雪が降るでもない、しかし肌身に染みる寒さを感じながら、僕は彼が来るのを待っていた。この店のコーヒーはとても苦い。僕は常に砂糖を入れて飲むが、彼はブラックで飲むのが好きらしい。
僕はこの窓際の席が好きだが、彼は窓際の席は嫌いらしく、いつもカウンター席に座る。僕と彼は好きな物、嫌いなものまで正反対であるらしい。しかし趣味だけは、僕も彼も同じものが好きだ。
「なぁ、今度の衣装露出多すぎじゃね?」
席に座るなり、僕と彼のやっているスマホのゲームの話を始める彼。いわゆる推しキャラが同じと言う理由から、こうして新しいキャラが出るたびに話し合おうと決めているのだ。
今回は僕がジャンケンで勝ったから、窓際の席に座ると決まった。いつも彼と話すときは、どちらの席に座るかを変える際にジャンケンで決めている。そして今回の議題は、新キャラの露出加減に関してだ。
「その結論を出すのはまだ早いと思うよ。なぜなら僕らはまだ正面図しか見ていないのだからね」
「俺はもっと肌見せていいと思うけどなぁ……」
そういいながら、届いたコーヒーを下品に一気飲みする。熱々で冷まさなければ飲めないくらいの温度を、一気である。よく見れば指は赤く、吐く息が店に入ってなお白くなっている事から、よほど寒かったのだろう。
そして、空になったカップにコーヒーを追加で注文しようとする。店員は嫌な顔一つなく、彼の為にコーヒーを注いでくれた。僕はと言うと、未だ湯気が出るコーヒーを、スプーンで少しずつ飲んでいた。
「毎回気になるんだけどよぉ、お前のその飲み方、旨いのか?」
「キミがコーヒーを一気飲みするように、僕には僕なりの飲み方があるんだよ」
「そうか。それでお前はどう思う?」
そういいながら、昨日更新された情報を僕に見せてくる。スマホの画面には、僕らの推しキャラが水着を着ていた。彼は水着は好きだが、時期が違うと愚痴をこぼす。
「別に俺水着は好きだがよぉ、なんで今?って感じになるんだよ。お前だって真夏に熱そうな服着た奴がいたら困惑するだろうし、今まさに外を水着で歩いてる奴がいたら、俺はコーヒーを噴き出す自信がある」
向かいの席に座っている彼は、身を乗り出してこちらに意見を述べてくる。こちらとしては概ね同意である。ただ違うところがあるとすれば、僕は気にしていないと言う事だが。
「確かにね。でもスマホゲームと言うのは、案外そういう物さ」
僕はほどほどに冷めたコーヒーを飲みながら、彼に向け話す。
「キミだって女性が水着でいたなら、真冬でも寒そうと同時にエロスを感じるだろう?」
彼は僕の答えに、首を傾げながら二杯目のコーヒーを飲む。相変わらず、砂糖もミルクも入れない完全ブラックである。
「いや俺はそうは思わねぇな。確かにそりゃエロイぜ?真冬だろうが肌が見えている女性はとてもエロイ。かのヴィーナス像が名作でありながら作者の性癖を感じるように、ガキの頃に見た裸婦像が物悲しくもエロスを感じるように、人間の肌ってのはエロいんだ」
彼はだが、とその後に言葉を続ける。
「だがな?俺は冬に水着で歩く女を見かけたら、まず真っ先に俺の来ているコートを差し出すだろうよ」
確かに、彼の言っていることはもっともである。エロティシズムと言うのは人によって違うが、夏の水着と冬の水着は意味合いが変わってくるだろう。
「裸婦像は喋らねぇし、俺らのやってるゲームに出てくる奴も、文句を言うことは無いからな」
と、そう言った後、彼はクリームソーダを注文する。
「確かにね。しかしその理論で言うなら、今回のゲームに関して問題は無いと思われるが?」
僕はそう言いながら、先ほどの店員にこの店でだけ食べられるカレーを注文する。
「あぁそうだな。でもな?風情ってもんがあるんだこの世界には」
「キミが風情と言うモノを言うのはお門違いじゃないか?」
「まぁ俺なんかからそういわれるのは、風情サイドも悲しむだろうよ。だが言わせてもらう。夏には夏の、冬には冬の風情ってもんがある」
「風情」
店員が注文の品を持ってくる。
「例えば夏に海で見る水着に夏を感じるように、冬にサンタクロースの格好を見れば冬になったと感じるように、服と言う者には風情が付く」
「つまり、その風情を邪魔されるのが嫌い……、と言う事かな?」
そういうと、彼は苦い顔をしながらクリームソーダを飲み始める。その顔には、明らかにそうだけどそうじゃないと言うような、正解と間違いの矛盾する感情が渦巻いていた。
「だが、だがだ。常にそうであり続けると、マンネリ化と言う現象が襲ってくる。あぁまたこの季節にこの格好かと、飽きがくるんだ」
「確かにね。キミのもう一人の推しキャラが、三回連続で露出高めだった時、キミは珍しくどっぷりとコーヒーヌガーを入れて飲んでいたね」
「お前だって、公式に貧乳キャラを弄られてたって、コーヒーのブラックを飲みながら俺に愚痴ってたじゃないか」
その言葉に、僕は苦笑いを浮かべながらカレーを食べていく。この店のカレーは恐ろしく辛い。だがその中に旨味がちゃんと感じ取れるくらい、旨い。
「要はそのカレーと同じさ、辛味一辺倒だと飽きがくる。だがその中に旨味を入れることで、完食する事が出来るようになる。俺らが飲んでいるコーヒーだって、いつも同じ味だと飽きがくるだろ?」
「確かにね。キミにしては以外に賢いじゃないか」
僕は飲みかけのコーヒーを飲み干し、店員に追加注文を頼む。彼もまた、クリームソーダに乗せるアイスを注文していた。
「それで結論はどうなるんだい?」
「俺か?……グダグダ言ってきたけどな、推しの服が増えるんなら大歓迎だぜ」
「やっぱりね」
概ね僕と同じ結論になった。やはり気が合うようだ。確かに色々言いたいところはある、だがそれ以上に、僕らの推しキャラが増えると言う事の方が重要なのだ。
「お前もそうなんだろ?」
彼はやってきたソフトクリームを、メロンソーダに乗っけながらこちらに問いかけてくる。僕はと言うと、追加で注文しておいたどす黒いコーヒーに、砂糖とミルクを入れて飲む。
「そうだね」
そういうとコーヒーを飲み、口からカップを放し、一息。
「確かにそう思うよ」
彼も満足そうにしている。まんざらでもないと言った表情で、メロンソーダを啜っていく。そして僕らは飲み物を全て飲み終えると、次回はどうするかを決める。
「ところで、次回はどうする?」
「そうだな、しばらく一回推しキャラ出ちゃったし、もうしばらく集まることは……ってなんだ?」
帰ろうとした時、ふと彼のスマホが鳴り響く。恐らく何かの通知だろう。それを見た彼の顔が、困惑から驚愕に変わる。そしてすぐさま何かを調べたと思うと、こちらに興奮冷めやらぬうちに話しかけてくる。
「俺の推し次回に追加される!」
「本当かい?キミのもう一人の推しキャラ、一回出て来てから半年以上更新がなかったじゃないか」
「おい次来週な!じゃんけんだこぶしを出せ!」
こうなると彼はもう止まらない。仕方ないので僕はじゃんけんをすることにした。
「んじゃ行くぞ!じゃんけん」
さて。ここまで書いて大体分かっただろうが、僕は今日このじゃんけんに負け窓際じゃない席に座っている。
「まぁ、たまには悪くない」
僕はコーヒーを飲みながら、彼が来るのを待っていた。
窓際カフェにて僕とキミは喋る。 常闇の霊夜 @kakinatireiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます