7.クオリティタイム・マリーナ
海のさざ波が遠く聞こえるベッドルームで、乃愛はうきうきしながら足の指先に金のリングをつける。
今日もキラキラ金色太陽が乃愛の足指に宿る気分。私のサニー。
もうそれだけで、にんまりにやにや。今日はおでかけ。いよいよ旧島へ。戸塚家からのご招待で訪問する日。ちょっとお澄ましお洒落で、紺のドレープブラウスに白いスリムパンツを選んだ。彼のベッドの上で、膝を折り曲げて足の指をいつまでも眺めていると、支度を終えた海人がそんな乃愛に気がついた。
「そんなにリングばっかり眺めて……。なんだか俺が見られているみたいで照れくさくなる」
「えへへ。だって、私のサニーだもん。私の足の指に宿って守ってくれてるの。それと、私がカイ君の恋人って印だもんね」
なんてにまにましていたら、乃愛のすぐ隣へと、軽やかに彼がすとんと腰を落として抱きついてきた。
長身の彼がいきなり座ったので大きなベッドが一瞬だけ大きく揺れる。乃愛はびっくりしたが、鼻先にはきらきらの栗髪がふわふわ触れているし、いつもの和のいい匂いにあっというまに包まれる。
もうそれだけでうっとり……。彼が乃愛の肩に回してきた筋肉質な腕にぽってりと頭をもたれてしまう。
「カイ君……、びっくりするでしょ」
「乃愛がいつまでも、かわいい顔をしているからだよ」
臆面もなく言ってくれる『かわいい』。何度聞いても、いまでも乃愛は頬が熱くなるほど焦ってしまう。
でも、乃愛もおなじ……。彼が囲う腕のなかから、すぐ隣によりそってきた彼の顔をふいと見上げる。
「私は……、いつも、何回も、ドキドキしてるよ。だって、カイ君の顔、綺麗だから。髪も、瞳も綺麗。匂いも好き……」
彼の今日のお洒落はいつもどおり。ナチュラルな白シャツに、ベージュのコットンパンツ。シンプルだけれど、上質で着映えするものを自然に着こなしている。そこにいつものいい匂い……。
乃愛も海人に向き合って腕を伸ばし、彼の首に抱きつく。
なのに目の前の綺麗な彼が、ちょっと不服そうな顔をしていることに気がついた。
「カイ君?」
「俺の外見のことだけ好きって言うから……」
「全部好きって意味だよ。見えているカイ君も、触れているカイ君の温度も、私のことを見つめてくれて、楽しいことを考えてくれて、私の心配をしてくれるカイ君のこと、あとね……、ちょっと寂しそうな目をしているときも……。そばにいたいなって、思ってるよ」
乃愛からそう言って、すぐ目の前にある彼の頬に自分からキスをする。
乃愛の耳元に狂おしそうなため息が聞こえたかと思うと、そのままベッドの上に押し倒されていた。
「乃愛……。そばにいてほしいよ、俺も」
仰向けに押し倒された乃愛の真上には、やさしくふんわりと重なる綺麗な男。その美しい顔が乃愛に近づいてきたと気がついた時にはもう、柔らかく唇を塞がれていた。
さざ波の音と一緒に、彼が奥まで深く愛してくれる熱いキスを繰り返してくれる。乃愛も『カイ君』とさらに彼の首に腕を巻き付けて引き寄せる。彼の柔らかい栗色の髪を指先に絡めながら、乃愛もとろけるそのまま、彼とのくちづけを繰り返す。
そのうちに紺のブラウスの下へと、彼の手がくぐっていく。乃愛の素肌に海人の手が触れる。そっと撫でながら胸元へとのぼってくる。
男の熱い手と言いたいところ……、海人の手は時々冷たく感じる。でもそれがなんだか心地良い。熱くなるばかりの触れ合い、乃愛の肌も熱を持ち始めたところに、ひんやりとする彼の手が気持ちいい。
乃愛の胸元へとその手が届いて、ふんわりと片胸に触れたと思ったら……。
「やばっ。フェリーの時間があったんだ」
「わ、やばっ。乗り遅れたら、戸塚中佐と藍子さんを次便到着まで待たせちゃうよっ」
二人で我に返り、さっとベッドから起き上がる。
今日は海人のセリカに乗って旧島へ。彼が車のキーを手にして身なりを整える。
乃愛も乱れた黒髪を撫でて直し、準備をしていたバッグを手にする。
一緒に過ごした部屋のドアを海人が開けて、やっと出発する。
ピアノがあるリビングを通過して、広い玄関で靴を履く。
「あー、くそ。乃愛とすぐだらだらしたくなっちゃうんだよなあ」
「すいません……。しっかり者の少佐を堕落させちゃいまして。でも、私もカイ君とだらだら大好きです」
「俺もー。でも今夜は旧島の俺の自宅泊だろ。俺の普段の部屋の雰囲気も楽しんでほしいな。夜はそこで、だらだらしよう」
「うん。楽しみ! カイ君が子供の時から使っていた部屋なんだよね」
「そうだよ。いまの俺好みに変化はしているけれど、子供のころの名残もあるし……。家の下にある小さな渚でもよく遊んだんだ。そこも乃愛には見てほしいな」
彼が生まれて育った家。旧島に住んでいた時に乃愛も何度か遠くから見かけたことがある。あのあたりではいちばんお洒落で大きな家で有名だった。あの当時から海外風の佇まいで、島民の憧れ。女の子たちも『将来はあんな家に住みたいよね。さすが御園先輩のおうち』と囁きあったものだった。
それが。まさか自分がそのおうちにお邪魔することになって、まさか、御園先輩とステディになって、まさかお泊まりすることになるなんて……。いまだに乃愛は自分のほっぺたをつまんでひっぱってしまう。
夏らしいサンダルを選んで履きながら、ほっぺたをひっぱっていたら変な顔になっていたらしく、それを目撃した海人が面食らったあとに噴き出している。
「なにしてるんだよ。時々乃愛が変で面白い」
「だって。あの御園先輩のおうちに泊まるんだと思って……。当時の私からしたら、おとぎの国のお城みたいなかんじだったんだよ」
「あ~。父さんがほぼほぼ管理していたんだけど、母さんと英太兄さんは散らかし係だったから、おとぎの国は大崩壊で管理人なパパさんがいつも怒ってるという内情でしたよ」
そんな御園家の内側を面白おかしく語られて、乃愛も笑い出してしまった。
「もう最近、葉月お母様に親しみ湧いちゃって! かわいいっていうか。あんなに畏れ多いアイスドール様だったのに」
「まあ、軍では俺でも畏れ多いよ。あの人、いざとなるとすげえ思いつきで、すげえ速さで動き出すからさ。あと……後先考えずにやるから、家族としては怖い時もあるかな……」
あ、また憂うお日様君の眼差し。乃愛ははしゃいでいた勢いを収める。
白いサンダルのストラップをくるぶしで止めて、支度を終える。
太陽のリングがきらりと見えるサンダル。その輝きを見つめてそっと微笑んでいると、海人も乃愛の足先を見つめている。
「今日も乃愛はお洒落だね。足もとても綺麗だ。俺のリングも目立つようにしてくれて嬉しいよ」
「もうね。私の宝物。でも、航海に行くときはカイ君に預けるからよろしくね」
玄関先で乃愛から、白シャツの彼に抱きつく。
もうそれだけでお日様君が明るい笑顔になってくれて、乃愛も嬉しい。
そこでまた抱きあって見つめ合ってキスをして――。全然、でかけられなくて時間が迫るばかりだった。
なんとかぎりぎりに港に到着。フェリーには最後の一台として乗り込めたほどだった。
階下の駐車場から車を降りて、上階にある客室フロアへと海人と向かう。
駐車場はガソリンや軽油の油の匂いがして、いかにも船舶の中というかんじで、船乗りの乃愛には慣れ親しんでいる雰囲気。でも階段を上がって船室のフロアへ向かう外通路に上がると、爽やかな潮風が吹き付けてくる。
今日も小笠原のボニンブルーの海が燦めいていて、ところどころアクアマリン色が混ざっていて美しい。海鳥の鳴く声と青い空。今日は軍制服ではなくて、好きなお洒落をしている二人なので、休日モードで気分が良い。
潮風に彼の綺麗な栗髪が陽射しに映えていると、お日様君らしくて、乃愛も顔が綻んでしまう。
海人の少し後ろからついていく形で階段を上りきったが、客室フロアの通路を歩き始めると、海人は乃愛のすぐそばに寄り添ってきた。
ここ最近、マリーナのマンションで二人きりになると、すぐに腰を抱き寄せてくれるようになった彼だったが、ここでは少しだけ隙間を保って歩いている。
「正式な紹介は、エミルさんと藍子さん、それと双子を最初の報告としておきたいんだ。だから、ここでは『もしかして?』程度の雰囲気で行こうと思うけど、いいかな」
海人がふっとまだ入っていない客室の中へと視線を向けている。
そこで乃愛は気がついた。客室には制服を着ている男性がちらほらいて、金髪や栗髪の外国人ファミリーもたくさん、そんな人々の視線がすでに海人に集まっていた。旧島所属の隊員たちだからこそ、海人を知って見つめていることがわかる。
初めて体感する。『この彼は、ほんとうに常に人に見られて生きてきた人』なのだと――。同時に、海人と親しげに並んでいる女、乃愛にも視線が注がれる。
既に『御園の子息が女を連れて歩いている』と窺う視線ばかりだと気がつく。
海人はここではまだ正式に示さず『ただ一緒にいる女性』としておいて、親しい仲間に紹介してから他の人々に『ステディと拡散したい』と言っているのだと乃愛も理解する。
「う、うん。わ、わかった」
「大丈夫だよ。自然にしていれば気にならなくなる」
こうして生きてきた彼と知って、乃愛も心を改める。
彼と一緒に生きていくなら、乃愛もこのたくさんの視線を受け止めていかねばらならないのだと、強く頷く。
乃愛が御園子息の恋人として広まっていく。その始まりだった。
※番外編 EX2 お日様君のご挨拶の目次順を変更しています。
第2部の前に移動させました。
https://kakuyomu.jp/works/16817330650592356909/episodes/16818023213673890083
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