第4話
学校で松浦さんと話をすることはない。僕が「話し掛けないで欲しい」と言ったからだ。もし松浦さんと僕が学校で仲良くしているところを同級生に見られたとしたら、あの公園での時間が無くなってしまうような気がして、嫌なのだ。誰にも邪魔されない、二人だけの、太陽の光が海に反射したようなキラキラしたあの時間が、僕にとっては何よりも癒しで大切だった。
イヤホンから雨音を聴かなくなって三日が経過した昼休憩。その日は朝から雨が降っていた。先週の天気予報では晴れだったのに、天気が変わったらしい。昼だというのに辺りは暗く、三階の校舎からジャンプすれば手が届くんじゃないかと思うほど、暗雲がすぐそこにある。その隙間から晴れとは似ても似つかないほどザーザーと雨が落ち、グラウンドに池のような大きな水溜まりを作っていた。
弁当を食べ終えた僕は、一時間目の数学で出された課題を片付けていた。熱弁する先生の唾が飛んでくる、真ん中の一番前の席。
「松浦」
ふいに松浦さんを呼ぶ声がして、僕は仁藤なのに振り返ってしまった。
「何、ケンゴ」
「悪い、数学の教科書貸して。家に忘れた」
「え、珍しいじゃん。どうしたの、寝坊でもした?」
「うん、まぁ、そんなとこ。サンキュ、多分返す」
「いや絶対返して」
一連の流れを目で見て、脳内で処理された時、ジジッと小さな羽虫が耳に入ってきて音を鳴らした。同時に身体中の血液が吸血鬼にでも吸われたかのように無くなる感覚がし始め、全身が冷たくなる。僕は松浦さんのことを知らなさすぎた。自分だけが特別だと勘違いして、自惚れていた。
猫の動画を観る以外であんな顔をするなんて。
彼女にとって僕は、取るに足らないただのクラスメイトなのだろう。放課後の公園で紐の付いていない、見えない線で繋がっているワイヤレスイヤホンを共有したくらいで、教科書を共有する同級生には勝てない。ドラマの主人公になり得る松浦さんと、役名も与えられないクラスメイトZが交わってしまったのは作者の気まぐれだったのだ。ここは全面カットの場面で、物語には関係ない裏側のストーリー。
ジージー鳴り止まない虫の音に、僕は耳を塞いだ。
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