第2話

「お待たせ仁藤君。今日はどんな雨音聴いてるの?」

「別に僕は松浦さんを待ってはいないけど。今日はこんな音」


 差し出された右耳用のワイヤレスイヤホンを受け取って、耳に装着する。聴こえてきたのは、止めたシャワーヘッドから雫が垂れているような、ポタポタという音だった。


「おお、いいね。雨が上がりそうな音って感じ」

「うん。時々水溜りにポチャンと落ちる音もいいんだ。波紋が広がっていく様子が目に浮かぶ」

「ほうほう。風流ですなぁ」


 まるで熟年夫婦のように二人で並んで、イヤホンから流れる音に癒される。


 初めて仁藤君に雨の音を聴かせてもらってから二週間。放課後はほぼ毎日ここで仁藤君とイヤホンを共有させてもらっている。初めは迷惑そうにしていた仁藤君だったが、しつこいわたしに諦めたのか、仕方なく心を開いてくれたのか、行けば無言でイヤホンを差し出してくれるようになった。


 何も知らなかった仁藤君のことを、わたしはこの二週間で結構知ることができた。例えば今聴いている雨音。仁藤君の気分によって音が変わる。小テストで良い点を取れば今日みたいに晴れそうな雨音を聴き、逆に悪い点だったら雨量が多くなる。イヤホンから流れる雨音で、仁藤君の心の声が分かるのだ。


 そしてどうやら毎日隙あらば聴いているわけでもないようで、実際に雨が降っていればイヤホンを耳に挿すことはないらしい。そんな時でも放課後はいつもこのベンチに座っているので、わたしはここぞとばかりに猫の動画を流して一緒に観るようになった。


 教室では物静かな仁藤君は、話しかければ結構喋ることも分かった。ただし、目は合わせてくれない。


「猫は正義だと思わない?」

「僕は猫より犬派だけど」

「ウサギと亀だったら?」

「亀派」

「うっそ。じゃあトラとライオンは?」

「トラ、かな」

「あり得ない。じゃあイモリとヤモリは?」

「どっちがどっちなのそれ」

「月とスッポンは?」

「比較対象おかしくない?」


 仁藤君はツッコミ役だということも分かった。わたしといいコンビになれると思う。


 毎日仁藤君と接しているうちに、雨の音ばかり聴いている仁藤君から、イヤホンを奪いたいという気持ちが沸きあがってきていた。理由は分からないし、自分でも意味が分からない。でも、イヤホンをしていない仁藤君を見ると、心の中でガッツポーズが出て、イヤホンを耳につけられないように一生懸命話しかけてしまうのだ。まるで飼い主に相手にされないから気を引こうと必死に前を行ったり来たりする猫のようで、家に帰ってから恥ずかしくなった。


 多分、この時間がわたしにとって特別になってしまったんだと思う。虹を追いかけるのをやめたあの日から、わたしは仁藤君のことが気になって仕方がない。


 この気持ちが何なのか、わたしにはとんと見当がつかなかった。


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