【短編】偽聖女-ニセモノ-ですが、聖女-ホンモノ-の幸せのために奔走します。

あずあず

第1話

「マリーディア様は私のことがお嫌いですのね」


スマホゲーム"ヒトミに映るキミ"で印象に残っている主人公のセリフだ。


主人公のヒトミは、日本から異世界のアリオス王国に転移する。

聖女の力に目覚め、王太子と婚約。

しかし、王太子は留学していた幼馴染の公爵令嬢マリーディアと再会し、愛し合ってしまう。

王太子との結婚を強く望んだマリーディアは聖女は自分だと公言。

ヒトミは隣国サントナの王太子に助けられて、最後は偽聖女のマリーディアとアリオスの王太子を断罪するというストーリーだ。



このゲームにはいくつかイベントが存在する。

ハッピーエンドを迎える為に必要不可欠な…

その一つが今まさに目の前で繰り広げられている、ガーデンパーティイベント〜マリーディアの好感度を下げよう〜である。


「マリーディア様は私のことがお嫌いですのね」


(わぁ〜〜!!!違うの!泣かないでぇ!ヒトミちゃん…!)

私はドレスの隠しポケットからハンカチを取り出してヒトミの涙を拭った。

しかし、その手を振り払われる、

「突然何をするの!?」

目が泳ぐ。ヒトミは明らかな動揺を隠さない。


「落ち着いて。私の目を見て」

彼女が座る椅子の前に膝をついて、その両手をそっと包み込んだ。


(こう言う時は相手の目を見て訴えかける。大丈夫、こういうことには慣れてるんだから)

周囲の騒めきを感じながら、私はじっとヒトミを見つめた。







元々私は女性警察官だった。

その日はとにかく疲れていて、次の日は非番だから一日中寝ようと決めた。

というのも酔っ払いの喧嘩の仲裁、酔っ払いのオジサンの介抱、公園でドンチャン騒ぎしている酔っ払い集団への注意と…もともとお酒が飲めないこともあって、何度となく酒に酔った人たちを応対している内に、その酒臭さで具合が悪くなりそうだった。

しまいには路上で酔い潰れたおじいちゃんに

「なんだよ、もっと美人を寄越せぇ〜!」

と言われる始末。

そこで一緒に応対していた同期の純一が場を納めようとして放った

「おじいちゃん、警察官はデリヘルじゃないんですからね」

と言う言葉に、心がささくれ立った。

(分かってる、彼は私を助けてくれたんだって。でも、なんだろうこのモヤモヤは)


それからも、なぜか酔っ払いの応対に追われ続けて、帰宅する頃にはすっかりアルコール臭に当てられて寝込んだ。


(せ、せめて"ヒトキミ"のログインボーナスだけでも…)


ピコンと通知が上がる。純一からだ。

メッセージを開くのも嫌で、"ヒトミに映るキミ"のアイコンをタップする。

それ以上は指がおぼつかず、うとうととベッドに深く沈んだのだ。



朝、ベッドでもぞもぞしていると、紅茶の香りが漂った。

昨夜のアルコール臭が洗い流される気分がする。


(待って、紅茶?家に誰かいる!?)

勢いよく起き上がると、とんでもなく豪華な部屋が目の前に広がる。

困惑しながらも鏡を見ると、マリーディアそっくりの美しい女性が映っていた。

事件に巻き込まれた可能性を考えて数日緊張しながら過ごして確信した。

私はマリーディアとして転生していたのだった。







紫色の髪の毛が垂れる。

私はそれを嫌って耳にかけた。

(ずっと短く切っていたから、ロングって慣れないわ)


「なにこれ、新しい分岐?」

ポツリと声が落ちる。私はそれを耳聡く心にメモした。

「…ヒトミさん、私がなぜ貴方を嫌うと思うのです」

「なぜってヨハン様と恋仲なのでしょう?」


ヨハン、この国の王太子だ。

マリーディアと共に断罪される運命の王子。


「断じて恋仲ではないですよ。ヒトミさんは殿下にご好意を抱かれているのですか?」

「なっ何を言うの?婚約者なのだから当たり前です」

余計なことを言うなと目が語っている。


「そうよね?だから、私には愛し合う貴方達の間に割って入ろうなどとは思わないの」


ヒトミは微かにちっと舌打ちした。

私は確信する。彼女はこの世界を何周もしているか、あるいは私と同じ世界から転移しているか。

いずれにしても運命に逆らうまいとする、執念のようなものを感じる。

視線を逸らすヒトミを覗き込んだ。

「私を嫌っているのは貴方の方よね?」

驚いてこちらを向く。茶色の髪が戦いだ。


その時、周囲が一層騒がしくなる。

(来たわね)

ここがこのイベント一番の見せ場、ヨハン王太子のお出ましだ。

みな首を垂れ、お辞儀する。

私もヒトミも立ち上がり、ドレスの裾を広げて挨拶した。


「ヨハン・レインリー王太子殿下にお目にかかります」

「二人ともドレスがよく似合っているな。ガーデンパーティなんていつぶりだろう、晴れてよかった」

「聖女の祈りの賜物ですわ」

私の言葉に、ヒトミはお辞儀の姿勢のままこちらを睨む。


「マリーディア、この後少し話せないか?」

「分かりました。ヒトミさん少し席を外しますわね」


(この状況でマリーディアを呼ぶから勘違いされるんでしょう!?鈍感男!)


私の頭の中には、転生前のマリーディアの記憶が混じっている。

どんなに思い出しても、ヨハン王太子と恋仲ではなかったし、彼女の中に恋心はない。

では一体なぜ、このゲームの二人は断罪されるのか。

やはり、この後の展開を力尽くで捻じ曲げなければならないだろう。


(ゲームの世界で死んでしまうなんて、私は絶対嫌よ)

私の中の正義感が俄かに泡立つ。


あまり誰も立ち寄らない様な城の裏庭で足を止めた。

こういう時、一定の距離感を保つことを忘れない。


(逮捕術と剣道は大得意なんだから…なんて、王太子相手に痛めつけられないけど)

マリーディアの中身は私。私は警察官だ、そう思うだけで心は強く保てる。

悟られないよう、右足をじりっと半歩前に出した。


「…マリーディア、連れ出してすまないね」

緊張感が走る。この後、いったい何を切り出されるのだろう。

「いいえ。ご用件はなんでしょう?」

「君とは幼い頃、よくこの庭で遊んだね。見てごらん、あの楠に古釘で掘ったいたずら書きがまだ残っているんだ」

何百年もこの地を見つめているであろう楠は静かに葉を揺らせる。

彼は言いにくそうに言葉を選んでいる様だった。

「その、サントナでの留学はどうだったかな」

「隣国での経験は、とても有意義なものでした」

(と、思う)

「サントナはやはりこの国の寝首をかきたいと思うか?」

「!…ヨハン殿下、滅多なことを口になさらないで下さいませ」

「ここには二人だけだ」

「ですけれど誰が聞いているか」

「君があの国で見てきた、率直な感想が聞きたい」

ざっと強い風が吹いた。楠の葉が大きく揺れる。


「サントナが、この国の名誉を大きく失墜させる口実を探っているのは確かです」

「…隣国だというのに我が国との平和は望まないか」

「あの国は好戦的です。失礼ですが軍事力も我が国を大きく上回る。血税を振り絞って領土を広げ、ゆくゆくはアリオスを取ってしまおうと考えているでしょう」

「ふむ。我が国もみくびられたものだ」

「アリオスは土壌が豊かです。港町もあり、貿易もさることながら海軍を持ちたいサントナからすれば喉から手が出るほど欲しいでしょう。あの国は海がありませんから」

「そのための口実に、ヒトミの存在が絡んでこないかが不安要素なのだ」


異世界から来た少女。

ゆくゆくは隣国の王太子と結ばれる運命の少女。


「彼女は平和の象徴です。軍事利用は考えられないでしょうが、身の上が心配です。ヒトミが現れてからというもの、聖女の祈りにより戦争が困難なのは事実です」

そう、マリーディアの記憶でも彼女を心配していた残滓を感じる。

そんなマリーディアはなぜヒトミと対立したのだろう。


(本当に目の前の王子と恋に落ちたの?)

あまり信じられないことだ。


「マリーの言う通りだ。さすが、君は変わらず聡明だな」

「幼馴染とはいえ殿下は婚約者のある身、略称で呼ばれるのはお控えくださいませ」

「そういうところも相変わらずだ」

寂しい微笑を浮かべるヨハンの金髪は、太陽の光に薄く透ける。

この庭で駆け回った記憶が蘇った。

あの時はもっともっと細い髪だったけれど、今はもう立派な男性なのだ。


「マリーディア、君に頼みたいことがあるのだ」

「私にできることなら何なりと」


(私は必ずこの国も自分の身も、王太子もヒトミもみんな助ける)


「君にしか頼めないことだ。大変失礼なお願いだが君を信頼してのことだと理解して欲しい」

「偽聖女になってくれ、ですか?」


王太子は、ぎょっとした目で私を見る。

「君は隣国で読心術でも体得したか?」


(殿下と私の恋心は芽生えてないけれど、ゲームの進捗具合から考えてきっとそうだと思ったとは言えない)


「まあ、私が偽聖女と言えばサントナは私を狙うでしょう。この国の平和も約束されて、ヒトミの身の安全も確保される訳です。めでたしめでたしですわ」

「その通りだ。君の愛国心と強い正義感なら断れないと織り込み済みだ。僕は最低な男なのだよ」

「はい。一国の王太子が一国民の命と引き換えに得ようとする平和と愛などカッコいいものではありませんね」

「その言葉も甘んじて受ける。君に刺されたって文句は言うまい。だが、ヒトミへの愛ゆえの愚行ではないことだけは理解して欲しい」

「平和を強く望む王太子故のお願いとして聞きましょう」

「それに、君とはただならぬ関係であると嘯く必要も出てくる」


今度は私がギョッとする。

恋仲になるのではなかったのか。

あれは"フリ"!?


「ただならぬ?どんな必要だというのですか?」

「聖女であるヒトミから徹底的に隣国の目を逸らしたい。彼女がいなければ平和な世の中を作ることは難しくなる。それに…」


異世界の少女が平和を象徴する聖女となる。

だから異世界である必要があるのだ。

この世界のどこの国の出自でもなく、公平性のためのゲーム上の方便。

聖女の祈りはあらゆる軍事力を砕く。


(大砲を大量の向日葵に変えるイベントとかあったわね。ファンシー過ぎて呆気に取られた気がする)


「それではなぜ彼女が聖女だと公表したのですか?彼女と婚約したことも隠し通すことはできなかったのですか?」

「君は彼女が現れてからアリオスに戻ってきたから知らないかもしれないが。まず、ヒトミの登場はものすごく派手で何十何百、いやそれ以上の人が目撃しており隠すことは不可能に近かった。なにしろ天体異常のような現象だったからな」

「確かに、サントナでも空が夜のように暗くなったかと思った瞬間天国と見紛うような眩さに包まれました」


王太子は頷く。

「それから、何百年ぶりかの聖女の出現によりこの国の平和を優先した宰相の意見に父上…国王が誤った判断をした。それが聖女と私の婚約発表だ」

リツィン宰相、ゲームにはあまり出てこなかったけれど、陰鬱そうな雰囲気は覚えている。


「…答えを待っているよ」

そう言い置いて金髪を靡かせ去っていった。








(どうやら、私は読み違いをしている)

王太子と話した感想だった。

(それにマリーディアが聖女と偽ったことも彼女の正義感からだ。王太子も、ヒトミを守りたくてついた嘘)

なんだかものすごく自分と重ねてしまうが、今は私がマリーディアだと思うと複雑な気分だった。


その日の夜はもんもんと考えてなかなか寝付けなかった。

『聖女であるヒトミから徹底的に隣国の目を逸らしたい。彼女がいなければ平和な世の中を作ることは難しくなる。それに…』

(それに、なんなのかしら?)


私が返事をすれば物語はぐんと進む。

返事をしなかったら?

そうよ返事をしなければ、そうなったら

もしかして帰れない?

いや帰ったところで…どうだというのだろう。

このまま私はどうなるのだろう。


とにかく、がむしゃらに生きなければ、そう決意した。







数日は平和に過ごしたが、毎日事あるごとに王太子が訪ねてくる。


ため息を一つついて紅茶を置いた。

「お嬢様はお悩みのようだ。僕の頼みのことだろ?」

「分かっていながらなぜ毎日催促に来るのですか」

「返事をくれないからさ」

「私は悩みました。悩んで悩んで、答えを出したのです。"永遠に答えを出さない"」

「それは断ったことと同義だと思うが…」

「そう!問題はそこなのですよ。私はこの国もヒトミさんも王太子殿下もお助けしたい…けれど好き好んで自分の身を危険に晒す馬鹿でもありません」


(日本なら戸惑いながらも買って出たと思うけど、たった数日過ごしただけの世界の犠牲なんて…)


「だからさ。だから僕とただならぬ関係だということにするんだろ」

「…………はい?」

「僕の近くにいる方便が成り立つ。僕の周りは警備が堅固だし、いざとなったら僕が君を守る」

「あの〜、ヒトミさんのお気持ちは?」

「別にヒトミは僕のことを愛してなどいないだろ」


(っか〜〜〜!!!この男は!!!)


「失礼ですが!ヒトミさんは殿下に好意を抱いていると、婚約者なのだから当たり前だと仰っていましたよ」

「は?」

「いや、だから…」

「それはない」


(すごい断言…まあ、でも確かに)

ヒトミは物語の結末を知っているみたいだった。

それなら誰もが見惚れる王子様でも、わざわざ心を寄せたりはしないのだろう。

(だって、隣の国から助けに来る別の王子様がいるんだもの)


「それに僕は…」

私の髪をひと掬いして愛おしそうに唇を落とした。

「ヨハン王太子殿下、よしてください。今この国は微妙な立場です」

「…僕は命をかけて君を守ると誓う」


私は思考が駆け巡る。

これは、賭けだ。イチかバチかの。

震える唇で答えを出した。









王宮会議にて、私は王太子と腕を組み、ヒトミを冷たい目で見下した。

「この私こそが真の聖女です。ヒトミさんと王太子殿下との婚約は無効ですわ」

「見損なったぞ、ヒトミ。お前の力は偽物だったのだな。私は真の聖女、マリーディアと添い遂げる!」


その言葉にわざとらしく、よよよと泣き崩れる。

「そ、そんな…聖女は私です…私が聖女でなければ、なんのためにこの世界に来たのでしょう」

迫真の演技、に見える。ヒトミの本当の感情ではないのだ。

その目の奥に見えるのは、確かに安堵だ。

彼女は元通りに軌道修正したゲームのストーリーに安心している。


そこへ、どかっと大きな音がした。会議室の扉が乱暴に開かれたのだ。

「この国の愚か者どもは真の聖女を見極める力すら失ったか!」

黒い髪、長身の眩いほどの美男子、サントナ王国の王太子、セントナード殿下だ。

「婚約が破棄されたのなら、私が立候補しても良いだろう?ヒトミ、僕の国に来て欲しい」

赤い薔薇が差し出される。

「…は、はい」

ヒトミはこの世界で初めて頬を赤らめて恋心を覗かせている。

「貴様!何をしに来た!」

ヨハンが叫んだ。

セントナードはにやりと片方の口だけを吊り上げて言う。

「なんだ。ヒトミは聖女じゃなく、そこの公爵令嬢が真の聖女なら、ヒトミは貰ってしまっても構わないだろう?」

颯爽とヒトミの腕を掴んで歩いていくセントナード。

「そうだ、ヒトミ。せっかくだから最後に聖女の輝きを見せてあげると良い」

セントナードの言葉に、ヒトミは祈りによって周囲を明るく照らした。


「おお!あれは真に、聖女の輝き…」

会議室の中が騒めいた。


「だがもう遅い」

「皆さま、今までありがとうございました。ご機嫌よう」

見事なカーテシーを披露して光の中を後にした。



さあ、物語のエンディングが始まる。


『馬車に揺れて二人は隣国サントナへ向かう。

マリーディアの祈りでは当然平和は齎されず、聖女をみすみす奪われ、アリオス国王陛下よりマリーディア及びヨハン王太子殿下は処断された。

サントナは大いに栄え、アリオスは荒れた。

荒廃したアリオスへの侵略は簡単なものだった。

こうして聖女伝説は終わりを告げる。』



ガタガタと揺れる悪路を馬車は進んでいく。

「セントナード様…私を助けて下さってありがとうございます」

「…」

「セントナード様?」

「おい、もう国境は越えるか?」

艶やかな黒髪の男は御者に問うた。

「あと1キロほどかと」

「ならそろそろ頃合いだな」

馬が嘶いて馬車が止まった。

「揺れているとやりにくいんでな」

腰に下げていた短剣を鞘から抜きさる。

ヒトミは訳がわからないと言う顔だ。

「なんだ、本当に助けてもらったと思っているんだな。そんな訳ないだろ、バカ女め」

「え、はい?」

「だから、お前がいると邪魔なんだよ。消えろ」

短剣でヒトミを突き刺そうとしたその時だった。

「うわっ!!ぎゃあ!!」

御者が悲鳴をあげた。

「おい、なんだ!?…ぐっ!!」

セントナードが馬車から顔を覗かせた瞬間頭を鈍器で殴った。

「き、貴様…公爵令嬢…」

「大人しくしなさい!現行犯、確保!」

ぎゅうと利き腕を締め上げ、衛兵と協力してぐるぐる巻きに縛った。

「おい、マリーがそんなに強いなんて聞いてないぞ…僕が出る幕なしじゃないか…」

ヨハンは息切れしながら苦笑いしている。

私はすっかり遠乗りの格好で来たので、難なく馬車に乗り込むと、放心しているヒトミに手を差し伸べた。

「何かされていない?大丈夫?怖かったね」

「あ、あなたは一体…」

私はマリーディアの顔でふっと微笑む。

「そうね、ヒトミさんと同じ世界から来たかもね」

そう言うと目の前の少女はぶわっと涙が流れた。

その背中をさすりながら、落ち着くまで宥めた。







後日、投獄された隣国の王太子が、牢内で自害しているのが発見された。

「国境を越えてから殺せばよかった。遺体はこの国に埋めてやろうと思った少しの良心に裏切られた。徹底的に残虐を極められなかったことが自分の落ち度だ」

それが彼の最期の言葉だったという。


これに端を発して戦争に絡んでくるかと思いきや、そこはやはり聖女の祈りによって争いは避けられた。

それに、もとはといえば、真の聖女と知っていてヒトミを殺そうとしたのはあちらなのであるから、何も言えまい。







「現行犯で確保なんて、刑事ドラマの見過ぎじゃない?」

ヒトミは紅茶を啜りながら言った。

(というか本職なんだけれど…)

私は苦笑いで流した。

「ところで、どうしてセントナードが私を殺すって分かったの?」

「"ヒトキミ"のエンディングに、荒廃したアリオスへの侵略は簡単なものだった。ってあるでしょう?聖女がいてどうして平和的じゃない侵略が起きるのかずっと謎だった」

「マリーって意外にやりこんでるのね…」

「3回くらいエンディングを見ただけよ。初めは違和感だっただけ。でもこの世界に転生して、王太子や貴方と話したり、マリーディアの過去の記憶を辿っていくうちに違和感が確信になった」

「すごい。私一回しかエンディング見てないや」

そこじゃない、と思ったけれど突っ込むのはやめた。

「それにサントナとアリオスのその後は描かれているのに、ヒトミのその後は触れられていなかった」

「確かに…」

「ねえ、貴方の本当の名前は?」

「ふふふ、私もね瞳っていうの」

「あらそうなのね」


コンコンとドアがノックされた。

「やあ、淑女たち。お楽しみのところ悪いんだが、マリーを借りられるかな?」

「ヨハン王太子殿下にお目にかかります。私、ですか?」

お辞儀をして顔を上げると瞳はにっこりと笑った。

「あら、邪魔者は退散するわ。どうぞお二人で」

そう言って本当に帰ってしまった。

この世界で会った同郷の人の背中を見送ると、後ろから咳払いが聞こえてきた。

「マリー、今回の件だが…きみの機転のおかげでヒトミを無事に奪還できた。感謝する」

「とんでもないことですわ。それより、ヒトミさんと正式に婚約破棄されたのですね」

「うん?ああ、もともと当人同士の感情を…それも異世界の少女の感情すら無視した婚約だったしな」

「そうなのですか?」

「君ってどうしてそう鈍感なんだ」

「あら、殿下だって女心を分かっていらっしゃらないわ。偽聖女を提案した件については女性として許しておりません」

「ん、生涯かけて許しを乞おう」

「はい?」


愛おしそうな目が向けられて、どきりとした。

「マリー、君を愛している、と言ったら?」

「は、はい?」

真剣な青い瞳が近づいてくる。

私は思わずぎゅっと目を瞑った。

ふんわりと、まるで羽毛のように柔らかく抱き寄せられる。

「嫌だったら思い切り突き飛ばしていい」

「…私を愛している…っていつから…」

「そうだな、久しぶりに会った時は大人になったな、と。明確な恋心を自覚したのはガーデンパーティの頃か」

彼の顔が肩に乗る。

(それ、私が転生してから…)

「じ、じゃあなぜ偽聖女に私を指名して…」

ヨハンは向き合って真剣な顔で言う。

「その案を思いついた時、まだただの幼馴染で…そんなことを頼めるのが君しかいなかったから。君は正義感が強いから共にヒトミを守る計画に乗ってくれると思ったんだよ」

私はじとっとヨハンを見つめた。

「だが、君に提案しているうちに感情が矛盾していくことに気づいた。君を守りたい、君のそばにいたい、仮初でも君と恋人になりたい…」

「やっぱり殿下は女心が分かってないんですよ」

「そのようだ、大いに反省している」

「これからは、私が鍛え直しますからね」

「助かる」

ふっと笑みが溢れた。じっと見つめられる。

「君が事前に会議室の面々に協力を仰がなかったら、私たちは本気で危なかった。マリーの機転のおかげだ、ありがとう」

「何事も一人で突っ走ってはいけません。時には周りを固めることも大切です」

「しかし、君があんなに強かったとはな」

「お嫌ですか?」

「正直に言うと少し妬いたな、ヒトミに」

「なんですか、それ」

「僕ももっと鍛錬を積まなければな」

再び腰に腕が回される。

「私も鍛錬に付き合いますか?」

「だめだ。こっそりやるんだから」


二人はひとしきり笑い合った後、唇を重ねた。

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【短編】偽聖女-ニセモノ-ですが、聖女-ホンモノ-の幸せのために奔走します。 あずあず @nitroxtokyo

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