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「よう、元気か?」




 署内の休憩スペースをひとり陣取っていた遠山に声をかけたのは、彼らとは別件で忙しく市内を走り回っていた館であった。


 自身もややくたびれた様子でありながら、部下を気遣い、その隣に腰を下ろした。



「お疲れ様です、館さん」


「……これは、お前にしてはわかりやすいな。



 今回の事件、そっちも中々大変だそうだが……。

 その様子じゃあ疲れが溜まってるみたいだな」


「いえ、俺は……。

 今回はなにもしていないので……」


「その割には、何かある様子だな」


 他人を見る目がずば抜けて高い館は、普段の遠山の脳面からも、多少の機微を見抜くことができるほどだ。


 ましてや、今の、分かりやすい遠山の心情を読み取ることなど、赤子の手をひねるよりも容易いだろう。



「部下の話を聞く間なら、休んでも咎められ無さそうだ」



 遠慮するであろう後輩の先手を打って、そのようにあえてふざけてみる先輩が、遠山には眩しく感じた。



 元々諸々の処理で、帰宅前に署に寄った遠山。


 すでに彼自身の用事は済ませてしまった後だが、件の兄も、警察医の方で一応の検査を受けており、それが終わるまでは帰れない。



 上司の好意を無碍にする理由もない。



 親身に谷崎が話を聞いてくれたにも関わらず、未だに消化しきれていないモヤモヤは、引きずるのは良くないだろう。



 毎度、館には迷惑と心配をかけっぱなしであると、遠山は申し訳なく思うが、今回もありがたく甘えてしまうことにした。



「訳あって焦る気持ちが募る反面、捜査自体は伊沢さんたちにおんぶに抱っこのような状態で……。


 改めて、実力不足を痛感して、自己反省中というか……」



 複雑な精神に、一応の守秘義務もあり、うまく言語化できていない悩み。


 そんな要領のえない遠山の話にも、真剣な様子で一通り聞き終えた館は、このように切り出した。



「なんというか、素直なのは良いことだが、自分で考えて行動することを、忘れてないか? 」


「……それは」


「百々目鬼の件からか、お前、アイツらの言うことを鵜呑みにしがちになったよな」



 遠山はどきりとした。


 たしかに、自分より明らかな実力者であるものの言うことは正しいのだと、そのようにただありがたいと受けとるようになっていた気がする。


 それを、館は思考放棄だと断じた。



「たしかに、お前よりも能力も経験も豊富な奴は、ここにはゴロゴロいる。



 だが、生きているものは完璧には造られていない。



 俺たちの考えは、何事も必ず間違えているところがある。


 ……逆に、お前の考えには、正解の部分があるかも知れない。


 それぞれの考えを持ち寄って、行動して、捜査というのはようやくそこで正解をもぎ取れるんだ。


 だから、お前自身も考えて動く必要があるんじゃないか? 」


「でも、それで取り返しのつかないことになったら、どうしましょう」



 怪異はあっさり犠牲者を出す。

 悪意はなく、現象であり災害であるからこそ、ただただ人間に害を及ぼしてしまう。


 ……まして、今回は身近な人間も関わっている。


 警察という立場である以上、それに動揺されてはいけないだろうが、それを完全に割り切れる人間など、きっといないのだ。


 シンプルで直情的、愚直とも言える遠山が、珍しく複雑に考え、後ろ向きになっているのは、つまりそれが原因であったのだ。


 対して、館の考えは楽観的で、いつもの遠山並みにシンプルな回答であった。



「そうしたら、誰かがとめるさ。


 お前のいう通り、お前の周りも優秀なんだから」



 いい加減な、と受け取れる発言だが、遠山の中では納得がいった。


 たしかに、そうなる前に、伊沢なら「そういうとこッスよ」とどついてくるだろう。


 谷崎ならクドクド反論するだろうし、ノアは笑顔で圧をかけるに違いない。



「まぁ、俺がいうことも、正しいとは限らないからな」


「……少し考えてみます」


「……やっぱり素直だな、お前は」



 少し心配になるよ、と話を終えるところで、そこでふたりは署内の様子が異質であることに気がついた。


 明らかに何かあったのだろう。


 バタバタと数名の捜査官が、走り回っている。



「遠山!

 館さん!! 」


「何があった」



 背筋を伸ばす男たちに告げられたのは、あまりにも唐突な悲劇であった。



「……谷崎が」






「先程、遺体で発見されました」

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