20
「よう、元気か?」
署内の休憩スペースをひとり陣取っていた遠山に声をかけたのは、彼らとは別件で忙しく市内を走り回っていた館であった。
自身もややくたびれた様子でありながら、部下を気遣い、その隣に腰を下ろした。
「お疲れ様です、館さん」
「……これは、お前にしてはわかりやすいな。
今回の事件、そっちも中々大変だそうだが……。
その様子じゃあ疲れが溜まってるみたいだな」
「いえ、俺は……。
今回はなにもしていないので……」
「その割には、何かある様子だな」
他人を見る目がずば抜けて高い館は、普段の遠山の脳面からも、多少の機微を見抜くことができるほどだ。
ましてや、今の、分かりやすい遠山の心情を読み取ることなど、赤子の手をひねるよりも容易いだろう。
「部下の話を聞く間なら、休んでも咎められ無さそうだ」
遠慮するであろう後輩の先手を打って、そのようにあえてふざけてみる先輩が、遠山には眩しく感じた。
元々諸々の処理で、帰宅前に署に寄った遠山。
すでに彼自身の用事は済ませてしまった後だが、件の兄も、警察医の方で一応の検査を受けており、それが終わるまでは帰れない。
上司の好意を無碍にする理由もない。
親身に谷崎が話を聞いてくれたにも関わらず、未だに消化しきれていないモヤモヤは、引きずるのは良くないだろう。
毎度、館には迷惑と心配をかけっぱなしであると、遠山は申し訳なく思うが、今回もありがたく甘えてしまうことにした。
「訳あって焦る気持ちが募る反面、捜査自体は伊沢さんたちにおんぶに抱っこのような状態で……。
改めて、実力不足を痛感して、自己反省中というか……」
複雑な精神に、一応の守秘義務もあり、うまく言語化できていない悩み。
そんな要領のえない遠山の話にも、真剣な様子で一通り聞き終えた館は、このように切り出した。
「なんというか、素直なのは良いことだが、自分で考えて行動することを、忘れてないか? 」
「……それは」
「百々目鬼の件からか、お前、アイツらの言うことを鵜呑みにしがちになったよな」
遠山はどきりとした。
たしかに、自分より明らかな実力者であるものの言うことは正しいのだと、そのようにただありがたいと受けとるようになっていた気がする。
それを、館は思考放棄だと断じた。
「たしかに、お前よりも能力も経験も豊富な奴は、ここにはゴロゴロいる。
だが、生きているものは完璧には造られていない。
俺たちの考えは、何事も必ず間違えているところがある。
……逆に、お前の考えには、正解の部分があるかも知れない。
それぞれの考えを持ち寄って、行動して、捜査というのはようやくそこで正解をもぎ取れるんだ。
だから、お前自身も考えて動く必要があるんじゃないか? 」
「でも、それで取り返しのつかないことになったら、どうしましょう」
怪異はあっさり犠牲者を出す。
悪意はなく、現象であり災害であるからこそ、ただただ人間に害を及ぼしてしまう。
……まして、今回は身近な人間も関わっている。
警察という立場である以上、それに動揺されてはいけないだろうが、それを完全に割り切れる人間など、きっといないのだ。
シンプルで直情的、愚直とも言える遠山が、珍しく複雑に考え、後ろ向きになっているのは、つまりそれが原因であったのだ。
対して、館の考えは楽観的で、いつもの遠山並みにシンプルな回答であった。
「そうしたら、誰かがとめるさ。
お前のいう通り、お前の周りも優秀なんだから」
いい加減な、と受け取れる発言だが、遠山の中では納得がいった。
たしかに、そうなる前に、伊沢なら「そういうとこッスよ」とどついてくるだろう。
谷崎ならクドクド反論するだろうし、ノアは笑顔で圧をかけるに違いない。
「まぁ、俺がいうことも、正しいとは限らないからな」
「……少し考えてみます」
「……やっぱり素直だな、お前は」
少し心配になるよ、と話を終えるところで、そこでふたりは署内の様子が異質であることに気がついた。
明らかに何かあったのだろう。
バタバタと数名の捜査官が、走り回っている。
「遠山!
館さん!! 」
「何があった」
背筋を伸ばす男たちに告げられたのは、あまりにも唐突な悲劇であった。
「……谷崎が」
「先程、遺体で発見されました」
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