19

 さて、とうとう約束の17時である。


 先方の指定通り、3人は中庭にあるベンチのひとつにかたまっていた。




「……必ず手がかりを持ち帰ろう」


「気合を入れすぎて空回りしないでおくれよ?」


「あのリーダーのひと、匂うけどドッペルゲンガーは関係あるのかなぁ。

 弟も気になっているんだけど」


「あぁ、多分違うと思うよ」


「そうなのか?」


「ドッペルゲンガーの残穢とは、パターンが違ったからね」


「分かるのか?」



 確か、そんな人は滅多にいない、いや聞いたこともないとすら、伊沢は言っていたような気がする。




「いや、流石の私でもなんの怪異かは特定できないよ。


 でも似たような怪異はパターンが似てるからね。


 人一倍鋭い私は、

【近しい怪異かどうかくらいは、見分けられるのさ】」



「……すごいな」


「まぁ、落ちこぼれくんには、遠い感覚すぎてイメージつかないかな? 」


「たしかにそうだな」


「あの、君たまに心配になるんだけれど、これ、嫌味だからね? 」




 そうこうしている三人の元に、三田という女子学生が声をかけてきた。


 勿論、彼女は軽戸同様、オカルトメンバーのひとりである。



「君たちがリーダーの言っていた子たちだよね?


 新しく参加者が来るなんて嬉しいな。

 3人とも、華やかだし」



「どうも。

 ……ええと、活動場所って?」



「うん、案内するわ。

 ついてきて。


 ちょっと、遠いのだけど……」



 先行する三田に、カルガモよろしくついていく。


 地下の方にあるらしく、地上からさらに階段を降った。



「地下の方だと、だれにも文句言われないから、楽なのよね」


「文句……、それは活動場所確保の競争率的な話なのかい?」


「あはは、違うよ」



 谷崎の言葉に三田が首を振った。



「うちのサークルは、訳あって針の筵なの。


 元々オカルトオタクが4人集まって、結成したサークルなんだけど、一時期、タチの悪い奴らの溜まり場になっちゃって。


 そいつらが好き勝手したせいで、うちのサークルのイメージ、あんまりよくないのよね……。


 あ、でも今は違うよ。

 みんな、みんなうちを必要としてくれてるんだから」



 さ、着いたよ!

 三田は地下の教室のひとつを指して、振り返った。


 入口の小窓は、黒いカーテンか何かで仕切られているようで、ここから中が見えない。



「いかにも、だな」


「残穢自体は薄めだなぁって、弟が」


「私は割と見えてる」


「じゃあ、やはり探知は谷崎頼みか」



 三田に聞こえないほどの小声で、こっそり作戦会議をおこなう。



____『基本的に探知は谷崎さん中心に!


 他のメンバーは、谷崎さんが歩き回っても怪しまれないように誘導するッス!』



 ここでの反応を見る限り、伊沢の作戦で行くのが一番無難そうである。



「リーダー!

 3人とも連れてきたよー」


「お、三田おつかれ。


 3人ともようこそ、オカルトサークルへ!」


「あぁ、うん。

 やっぱりきたね、うん、よかったよ」




 雰囲気づくりのためか、室内はあえて暗くしているようだ。

 日光も差し込まない地下だ。


 備え付けの電気をつけなければ、真っ暗闇である。


 持ち込んだランタン型のライトで、照らされてはいるが、高が知れているというものだ。


 既になにが出てもおかしくない様子である。



「オカルトサークルは特別なことはしていない。


 名前の通りの活動、都市伝説や超常現象などのオカルト的なものを研究しているサークルさ」



 昼の時よりも、機嫌の良い、高揚している様子で、軽戸が新入メンバーたちに向き直った。



「ところで、君たちは、うちのmutterのアカウントは知ってるかい?

 知らないなら、今見るといいさ」


「一応、来る前にチラッとだけどみたよ。


 ドッペルゲンガーについての投稿が、随分と多かったね」



「そう、そう、ドッペルゲンガーだ。


 もう見てくれていたんだね。

 そうか、そうか。


 ……あれを見てどう思った?

 ドッペルゲンガーは、今この国で最も求められる存在だと思わなかったか?


 いや、君たちならきっとそう思ってくれると信じていたよ。

 そうだ、そうだ」



「おいおい、オサム。

 落ち着けって。


 悪いな、リーダー柄にもなく興奮してんだ」



 もうひとりのメンバーである笹原が、軽戸の背中をさする。



「でも、なかなかにすごいんだぜ。


 なんて言ったって、俺たちは、世のため人のため、ドッペルゲンガーを広める活動をしてるんだから」


「オカサーが、世のため人のためなんて、想像できないかしら。


 でも、ドッペルゲンガーは、今の社会において、唯一無二の理解者となってくれる存在なの」



「ドッペルゲンガーが? 」



 遠山が問いかけると、とうとう我慢できないというように、軽戸が話しだした。



「N国の自殺率は、世界でも上位に入る。


 しかし、死にたくても死ねないだけの人は、もっと多いと思わないか?


 勿論、ドッペルゲンガーは所詮空想上の存在だと思うかもしれない。


 しかし、実際我々が【ドッペルゲンガーを呼び出す方法】を広めたところ、救われたという連絡が後を絶たなかった。



 つまり、ドッペルゲンガーというのは、実在するのだ。


 唯一、自分を安らかに眠らせてくれる、理解者。

 それはそうだ、もうひとりの自分なのだから。


 N国では安楽死が未だ認められていない。

 しかし、これなら、罪に問われることなく、みな自由に生死を選択できる。


 実に素晴らしいことだ。

 まったくもって、素晴らしいことなのだ」




 陰気そうな雰囲気の彼が、ガラリと雰囲気を変えて熱弁を振るっている。


 まるで、ドッペルゲンガーの狂信者だ。


 まるで宗教に魅入られたような狂気に、この部室は飲み込まれているように、遠山は感じた。




「ねぇ、ドッペルゲンガーを呼び出す方法なんて、どこで知ったのかな?

 そんなもの、僕も弟も見たことはないんだけれど」



「それは……」



 ノアの疑問には、少し言葉を詰まらせた様子で、軽戸が目を逸らした。



「それは言えない。


 君たちが、まだここに入るとは決まっていないからね。


 大事な、大事な我々のパトロンを無闇に広める真似はしない」



「じゃあ、入るよ?

 これで教えてくれるかな? 」


「まだ、まだダメだ。

 まだ、信用しきることは難しい。


 明日も来てくれるなら、考える。

 明日は大事な日になる予定なんだ。


 明日なら、考えよう」



「そうだね、それが一番よ。

 明日、来たら、貴方たちは間違いなく仲間だわ」


「とりあえず、明日も来いよ。

 オレたちのやってることの意味を、教えてやるからさ」



「1日考えてくれよ。

 今日はこのまま、帰ってくれて結構」




「……どうします?

 このまま、無理矢理捜索に切り替えますか? 」



『いや、今日は下がるッス。

 多分、明日、なにかやらかそうとする。

 そこを押さえましょうッス。


 今は、辛抱ッス』



「……了解」




 伊沢の判断に従って、とりあえずその場は引き下がることにした。



 教室を後にする中、谷崎が言う。



「……あの教室の、備え付けの電話と、机の上に置いてあった携帯電話から、残穢を確認したよ。


 多分、法何くんが言っていた〝おまじない〟を、やってたんじゃないかな」



「……やっぱり、おまじないも無関係じゃないのか? 」



「もしかしたら、ドッペルゲンガーに関する入れ知恵は、その、明け星さんなのかもしれないねぇ」


「ただ、問題は……ドッペルゲンガーを広めるだけなら、罪に問えないことかな」


「ハッキング疑惑の方や自殺教唆の方でせめられそうだが……」


「とりあえず、明日で何か分かるといいねぇ。

 弟もあとちょっとだといいな、だってさ」



「……今の潜入調査がうまくいけば、きっとドッペルゲンガーの被害も、少しは減るよな」



 でも、兄のことは、解決するだろうか?


 なんだかモヤモヤしていたことが、再び遠山にまとわりつく。



「……なんとかなるよ。

 君のお兄さんのことだって、解決するはずさ」



 当たり前のことを言わないでおくれよ。


 谷崎の言葉に背中を叩かれ、遠山は「そうだな」と頷いた。

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