17

『ここは、ちょっとまかせておくれよ』




 そう言って、神生を連れ出した谷崎に、何があっても駆けつけられるように、遠山は近くの空き教室に待機していた。


 ノアはその間、少し訳あって、別室組と一時的に合流している。



(……大丈夫だろうか? )



 いや、自分よりもうんと優秀な捜査官だ、きっとうまくやるだろう。



 遠山は、神生の酷くげっそりした様子を思い出していた。



 なにかオカルトサークルに思うところがあるのかもしれない。

 それは、きっと彼の亡くなった恋人のことであろう。



 遠山はあの時、任務のためとはいえ、酷い言われようをした彼を、庇うことも、手を差し伸べることも出来なかった。



 割り切らないと、自分も辛く、きっと後で迷惑をかけることになる。


 とりあえずは、これからの行動を考え、谷崎の成功を祈るばかりである。





『遠山くん、ちょい緊急事態ッス』


「なにか、ありましたか? 」


『いや、神生くんの方はうまく話を聞き出せたんスけど……』


「まさか、怪異が? 」



「いや、ナンパッス」



「NANNPA」




 聞き慣れなさすぎて思わず聞き返した。

 まだ実在したのかナンパ文化。


 あれってラノベの中ではないのか?


 バックに宇宙を背負いながら、遠山は、とりあえず言われた通りに現場に向かってみる。




 さて、本当に谷崎は2、3人に囲まれていた。


 彼女の意思を無視して、腕を引いて、無理矢理に交流を図ろうとしている。



 元々、谷崎はキリッとした一重に、短い髪がよく似合う大和美人である。


 今の服装はシンプルながらも、彼女のスタイルの良さを強調しており、留学生という話題もあって、絡まれやすいのだろう。



 ここでトラブルになれば、潜入調査に支障が出る。

 何より、人が嫌がることをするのは、褒められたことではない。




「……おい」


「は?なに……っ!?」



 男たちは、邪魔をする遠山に最初は抗議をしようとしたのだろう。


 しかし、まるで壁のように高くがっしりした体躯と、まるで裏社会に住み慣れてそうなほどの、目つきの悪さ。

 それら全てが放つ威圧感に圧倒されて、早くも逃げ腰になった。



 欠点も役に立つことがある。



 相手が戦意喪失しているうちに、谷崎を連れだした。




「大丈夫だったか? 」


「ま、まぁね。

 もっと早く来てもよかったんだよ、まったく」


「それは、すまない。

 腕は痛くないか?」


「このくらいは平気さ。


 見る目があるのは良いけど、あぁ言うのは駄目だね」



「谷崎は目をひくからな」



「……ん、それって……? 」


「……何か変なこと言ったか? 」


「……君はそういう奴だよね」



 ジロリと自分を見る谷崎に首を傾げる。

 元々、自分への嫌悪に敏感でも、好意には鈍感な人間はいるのだ。


 遠山はそのタイプであり、谷崎は実はすこし、それが腹立たしく思っていた。



 彼にとっては何気ない言葉でも、彼女にとってはたまったものではないことを、自覚してほしいと、時々怒り出したくなる。




「……ところで、神生さんは、大丈夫か? 」


「あぁ……、まぁ、心の傷を癒すのは私にはどうにもならない。

 私がしたのは、ただ情報を聞き出すことだけだよ。



 まぁ、さっきよりは落ち着いていたかな」




 神生は、最初こそ関係のない人に話すのはと渋っていたものの、最後には、谷崎に現状を明かした。



 神生は、亡くなった〟桜井みく〟のために、オカルトサークルを調べようとしているらしい。



『警察は自殺だって言ってたけど、オレはみくの死体をみてる。

 とても、自殺で死んだようには思えねぇよ。


 アイツ、怖がりなんだ、怖がりだったんだ

 自分で胸に包丁なんか、させるかよ……』




 桜井みくは生前、現・オカルトサークルの方に参加していたそうだ。


 死ぬ前にドッペルゲンガーについて言及していたことを思い出した神生が、独自に調べてみたところ、オカルトサークルにたどり着いた。


 しかし、以前軽戸と衝突してしまったので、オカルトサークルに関わることが、難しくなってしまったらしい。




「よく、聞き出せたな」


「オカルト好きなんじゃなくて、調べるためにオカルトサークルに入ろうとしてるって教えたからね」


「え」


「あぁ、勿論、遠山くんたちのことは他人扱いしたし、警察だとも言ってない。


 ただ、オカルトサークルに関わった知人が似たような目にあったから、とだけ、伝えたのさ。



 【秘密を共有するほど、仲良くなれる】のは、よくある手口だろう」




 そういう谷崎の様子には陰りがあった。




「捜査のためとはいえ、人様の事情を利用するのは、後ろめたいがね」


「……谷崎、ありがとう。

 あと、悪かった」


「……なんだい、急に」


「谷崎は、辛くても、ベストなことを選んでいた。

 それを、俺はちゃんと理解できていなかったみたいだ」



 割り切っていたわけじゃないのだ。


 谷崎も辛く思いながら、それでも結果的に事件解決を願って、行動していただけなのだ。


 ただ、相手が傷つくかもしれない、失礼かもしれない、その目の前のことばかりにとらわれる遠山とは違って、谷崎はその先にある相手の為の行動を、選択していたのである。



「谷崎には教えてもらってばかりだ。

 俺も、この捜査でしっかり結果を出さないとだな」



「……そうかい」



 谷崎は少し俯きぎみだ。

 そうしなければ隠せないほどに、赤面なのである。



「……君のお兄さんのことなんだけど」


「……なんだ? 」


「いや、その。

 君たちは本当に似ていないというか……その、仲が悪いのかい? 」


「やっぱり、仲が良くないのはバレるよな」


「なにか、あったのかい? 」


「いや、特にきっかけはなかったと思う。

 多分。



 俺が、勝手に妬ましく思っているから、あの人も鬱陶しがってるんだと思う」



「……へ」



「どうした」


「いや、君、人に嫉妬とかするんだね。

 なんか、そういうのとは無縁かと思っていたよ」


「俺はなんだと思われてるんだ……」




 そう、遠山は兄に嫉妬しているところがある。


 遠山は何故か要領が悪いところがあり、ひとの2倍以上努力して、ようやく人並みになる。


 しかし、廻斗は昔から何事もそつなくこなし、その上なんだかんだ真面目で、努力家だ。


 欠点があまりにもないので、実はなんだかんだ遠山にとって、廻斗の性格が悪いのは、密かな安心ポイントであったりする。



 きっと、そんな浅ましさは、向こうにはあっさり見抜かれているのだろう。



 ただの兄弟なら割り切れた。

 一見すると殆ど差異のない、距離が誰よりも近すぎる双子だからこそ、遠山の劣等感は募っていった。



「でも、君はお兄さんのことは嫌いじゃないんだろ?」


「……そう、なのか? 」


「だって、そうじゃないか。

 どうでもよかったら、放っておくと思うよ。


 君の性格からして、どんな人間も完全に放置とはいかないだろうが、話を聞けば、どうも誰かに任せることもできたんだろう? 」


「それは……」


「君は、意外と拗らせると面倒くさいようだね。


 行動の端々からみて分かるとも、なんだかんだ、君がお兄さんを尊敬しているのは分かるとも。


 まぁ、色々あるんだろうけどね」



「随分と自信を持って言うんだな。

 もしかして、経験談か?」



「……デリカシーないな」


「すまない」


「……そうだよ。

 私も、私よりも才能に恵まれた、優秀な弟がいるのさ。


 まぁ、君たちのように険悪じゃあないがね」


「谷崎の弟さんか……。

 なら、将来はここか、神社に? 」


「いや、あの子は好きなことをしてる方が良い。

 その為に、私はここにいるのだからね」


「ここ……?」


「流石に、これ以上は有料だよ。

 落ちこぼれくん」



 そう言って、谷崎はにやりと笑った。


 たしかに、プライベートに踏み込みすぎていた。


 それから、再び彼女は少し真面目な顔をした。



「ねぇ、君のお兄さんの怪異って、本当に、その、ドッペルゲンガーなのかい? 」


「まだわからないな。


 話からして、伊沢さんはレイスかドッペルゲンガーか、どっちかじゃないかと言っていたが……」


「……そうかい」



 時計を見ると、良い時間であった。

 そろそろお互い一応講義を受けなければならない。


 一気にサボったりなんかしては怪しまれるので、なるべくは学生らしく過ごせというお達しだ。



「次会うのは17時かな」


「そうだな」


「……次は足を引っ張るなよ」


「気をつける」



 学科が違う谷崎と別れ、遠山は先ほどよりも前向きに、廊下を進む。



(気を使わせたな……)



 17時には、オカルトサークル。


 そこで、今度こそは、役に立ちたいと思った。

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