16

 再び、視点は遠山たちの方に移る……。




 お昼時。

 ふたりは、廻斗のナビゲートに従って、大学の第2エリアにある食堂に、訪れていた。



 学食にしては少し、学生たちの反応を見る限り、なかなか美味しそうである。



 日替わり定食をたのむ遠山の横で、ノアはデザート類ばかり眺めていた。


 ノアは、偏食であった。


 見咎めた遠山が、勝手にノア分で、カツカレーを注文する。



 ムッと、ノアが遠山をを見た。



「甘いものだけでいいのに……」


「腹が減っては戦はできぬと言うでしょう。

 ノアさんはただでさえ細いんですから、もっと食べてください。


 余ったら食いますし、料金はだしますから」


「ちぇ〜」



 弟がいればもっと食べるよ、弟が。


 などとブーブー言いながら、ノアは一足先に席についた。

 ふたり分の食事を手に、後から遠山も同席する。




「どうぞ」


「んー、あ。

 パフェもついてる! 」


「デザートですからね」


「わぁい、ありがとう後輩くん」




 先ほどまで拗ねていたのにあっという間に機嫌がよくなったノアは、まだまだ子供であるようだ。


 先輩として敬意は払っているものの、今の遠山の心境は保護者のそれに近い。


 ……それもそのはずノアは16歳。

 遠山は26歳。



『今は成人してても、ドラマで高校生を演じる時代ッスよ! 』


 ……そんな言葉を信じた遠山ではあるが、10歳も違うこのふたりが、同年齢というのは、やはり無理がある気はしていた。


 恐らく遠山が留年でもしてるか、ノアが飛び級してると思われそうだ。


 なお、N国に飛び級制度はないものとする。



「谷崎さんも、なかなか馴染めているようだね」


「そうですね、そういえば弟さんはどうですか?」


「いま一緒に食堂に向かってるって。

 さっきまで相手が携帯ばかり弄っていたからつまらなかったって言ってたよ」


「あぁ、あの匂いがきつい」


「ちなみに今、彼女も一緒みたいだよ」



 ご飯を食べながら、何気ない会話は一般生徒のそれに見えるだろう。


 勿論、捜査官として潜入している彼らに、青春を過ごす時間はない。

 つまり、この会話も、情報共有を兼ねて、あえてそれらしく曖昧な表現をもちいているのだ。


 ノアの話は、軽戸を追いかけている、彼の〝弟〟の報告である。




 ノアの影の中には〝弟〟がいる。



 それがどういうものなのかは、遠山含めて殆どが知らないことである。


 とにかく、その弟は、ノアの話ならなんでも聞いて、こうして捜査に協力してくれる……らしい。



 怪異とはまた違った気配であるらしく、本当に、彼らのことは全くの正体不明と言って良いだろう。



 そのノアの報告を訳すると


「谷崎の潜入は順調であり、今はどういうわけか軽戸と一緒にこちらに向かっている」


 そうだ。



 加えて、軽戸の行動として、


「携帯電話を弄っている、あるいはどこかに通話しているのが、気になる」


 ものであったらしい。




「弟さんを差し置いて、相手はどこかでやり取りでもしていたんでしょうか? 」




「【明け星さん】って、知ってる? 」




 ……どこかで聞いた名前である。




「さぁ、あまり聞いたことはないですね」



「そういうおまじないがあるみたいだよ。


 特定の番号に電話をかけると、運が良ければ繋がって、どんな質問にも答えてくれるんだって」


「相手はそれで遊んでいたんですか?」


「惨敗みたいだったよ。


 僕も名前以外は聞いたことなかったから、もしかしたら新しくできたのものなのかもね」


 

 なんでもない風を装いながら、お味噌汁に口をつける。

 脳みそはぐるぐるとその間も動いているせいで、どんどん眉間に皺が寄り始めていた。




 明け星。



 鮫島事件の重要参考指定怪異と、同じ名前を有する、おまじない。

 そして、なんでも答えるという性質。


 なんだか、無縁の存在だとは思えなかった。




(まさか、【明け星】も、今回の事件に絡んでいるのか? )





『調べてみるッス』


 と言ったきり、イヤフォンから、特に反応がある様子はない。



 ひとまず、この件は潜入中念頭にだけ入れておこう。






 件の、軽戸は、遠山が鮭の骨を取り切った時にやってきた。



「遅れてしまって、悪いね。

 少しバタバタしていたんだ。

 あぁ、こちらは谷崎さん……知っているかな?」


「一応留学先は一緒だった」


「異性だとなかなか話す機会がなくてね。

 谷崎透さ、よろしくたのむよ」



 白々しく自己紹介を交わして、ようやく全員揃った。



「是非とも、先程のように小泉八雲の話はしたかったんだがね。

 少し、君たちに別の用事ができてしまってね、それを優先しようと思うんだ」


「用事? 」



 聞き返す遠山をみて、軽戸が肩を跳ねさせる。



「……君、何か怒ってるのかい? 」


 自身の眉間をトントンと叩きながら、谷崎が指摘する。


 どうやら、目つきに関して、気が抜けてしまっていたようだ。



「あぁ、ごめんね。


 気を抜くとすぐ目つきが悪くなってしまうんだ」



 なるべく柔らかい口調で、顔の強張りを解く。



「怖がらせてしまってごめん。

 特に怒ってるわけでも、不機嫌なわけでもないのは、わかってほしいんだ」



 そういうと、軽戸は同情したような反応を示す。



「そういうことは、あるね。

 僕もあるよ。


 君たちは、なかなかどうして怖いものが好きなようだが、理由はあるのかい? 」


「理由……」



 実際のところ、遠山は怖いものが好きというわけではない。


 勿論、捜査官になる前はホラー映画を見たりもしたが、最近はそういうのを見ると、教材をみているように錯覚してしまうのだ。


 だが、うまくいけば、オカルトサークル参加に繋がるアピールになるかもしれない。



(……でも、正直な感想じゃないと、通じないんじゃないか? )


 なんとなく、軽戸という人間は、真からオカルトを好んでいる気がした。


 そういう人間に、テスト対策のような〝それらしい答え〟をだしても、納得してもらえないだろう。



「怖いから、かな」


「そりゃ、怖いものは怖いだろう」


「得体が知れないから怖いというのを、本当に見にしみて感じる機会があって。


 だから、知らないことを恐れて、怖い話をつい集めてしまうんだ。

 そう言うと、まるで、追い詰められているようだと思うけどね」



 例えば、百々目鬼の件で、得体が知れないことが、一番に恐ろしいのだと、遠山は知ることになった。


 それが、なんとなく人々を魅了するところがあるからこそ、未だに怪異の存在を語ることを、本国は規制できないでいる。



「追い詰められて、好きになるのか。


 まるで中毒者だね。

 君たちは? 」


「私は元々、家がそういうものに詳しくてね、気づいたら、神秘というものに密接に関わっていたのさ。


 だから、好きというよりは、そこにあって当たり前という認識だね。


 現代ではそういうものはただのフィクションだろう?


 それがなんだか悔しくて、半ば意地でオカルト趣味を貫いているのさ」



「僕は、お父さまを探すためさ。

 ね、弟」


「弟? 」


「彼は憑き物筋の家系らしいよ」




 一瞬どうフォローしたものかとなり、見かねた廻斗が用意したそれらしい回答に、頼ることになった。


 ひと通りの話を聞いた軽戸の表情は少し虚で、その心境を察するのは難しい。


 しかし、どうやら悪くはなかったようだ。




「おふざけではないようだね?

 そうだね。


 では話そうじゃないか、我々はね、君たちをオカルトサークルに招待しようか、テストしていたんだ。


 我々オカルトサークルは、かつて、愚か者のとばっちりで解散に追い込まれていてね。


 本当にオカルトを探求したい者たちでようやく再開に漕ぎ着けたんだ。


 だから、僕がね、直々に判断して、良さそうな人だけ、サークルに招待しているんだよ。


 君たちが他に予定がないなら、放課後にでも見学に来ると良い。


 少し隠れ家な場所にあるから、活動の17時になったら迎えを寄越すよ。

 よければ来ると良い、きっと良い」



 是非、などと返事をするよりも早く、軽戸はさっさと移動しようとし始めた。


 先程の様子も合わせると、どうやら勝手に納得して、返事を決めつけてしまう人のようである。



「なにか必要なものはあるかな? 」


「とくに、とくにはない。

 身ひとつで、中庭のベンチにでも座っていてくれ、待ち合わせはそこにしよう」



「まっ、まってくれ!

 いま、オカルトサークルの話をしてたよな? 」



 唐突な乱入者だ。


 軽戸は気分を害されたように、顔を思いっきり窄めた。



「なんだい。

 神生くん、君はサークルには入れないと言っただろう」



 スポーツ刈りの青年は軽戸に飛びつくように、近づいた。


 その姿と名前にも、見覚えがある。


 第5被害者の第一発見者であり、恋人であった神生直だ。

 そういえば、彼もここの学生である。


 ここにいるメンバーは直接事情聴取に立ち会ったわけではないので、向こうは気がついていないようだが。



 明らか前よりも痩せて、顔色が悪くなってしまっているのが、痛々しい。



「俺も、俺もオカルトサークルにいれてくれよ!

 せめて、せめてみくの話だけでも聞かしてくれ」


「お断りだよ。

 たしかに彼女はここのサークルメンバーではあったが、その事件には関わりないんだ。


 下手に逆恨みしてくる君を、サークルに近づけるなんて馬鹿なことをするほど、愚かではないのさ」


「うう……」


「はなしてくれよ。

 きみ、これも暴行罪にあたるからね」



 ……その言い方は、あんまりではないだろうか?


 遠山は思わず、割って入りそうになった。


 しかし、谷崎が遠山の手を掴んで引き止める。



「ここで軽戸の機嫌を損ねたら、彼が本当に報われる手がかりを失うかもしれない」


「……分かってる」



 やがて、会話が終わり、神生を置き去りに軽戸はその場を離れた。


 神生をこんな目に合わせた事件の全貌は、ここで堪えなければ、暴くのは難しくなっていただろう。



 しかし、やりきれないものだ。



 軽戸がいなくなってから、手を差し伸べるような自分が、遠山は酷く恥ずかしかった。




 

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