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 オカルトサークルのリーダーである軽戸カルトオサムは、なかなか熱心な文学部国文学科の生徒であるらしい。



 そんな彼と同じ学部学科、同じ講義という接点をつくることで親交を深め、サークルに近づく。

 そして、サークルの実態、ドッペルゲンガーとの関係性を明らかにして、事件捜査に役立てる。



 それが、ここに潜入した遠山とノア、ふたりの目的である。



 ……目的で、あるのだが。



「ねぇねぇ、遠山くんたちって、A国に留学してたんでしょう? 」


「何勉強してきたの? 」


「留学ってどんな感じ?

 あと、A国って、やっぱなんでもビッグサイズなの〜? 」



 ……大学は、高校などと違って、クラスがある訳でもない分、人間関係はドライになるものでは、ないのだろうか?


 少なくとも、そのように予想していた遠山は、話題を求めてふたりを囲むミーハー集団への対応に戸惑っていた。



 留学生というもの珍しさも多少はあるだろうが、恐らく目を引くのは2人の容姿であろう。



 ノアは一見すると、幼さもあって愛らしい顔立ちをしており、アルビノであることから、うさぎのようだと、可愛がられている。


 遠山は、元々鋭い目つきを惜しまれるほどに、イケメンである。


 それを、今回は目元を緩めることに集中している為、いつもよりかはとっつきやすい印象を周囲に与えていた。



 なお、マイペースボーイはろくに返事もしないし、遠山の方も、人に囲まれすぎて動揺しており、「あぁ」とか「うん」とかしか返事が出来ていない。



 きっと今頃別室では、


「それでこそ陰キャ!

 ギリ許す!!! 」


 などと、あの専門家が、遠山の醜態に笑い転げているかもしれない。




「てかさ、留学してたなら、外文学科じゃないのか?

 どうして、国文学科にきたんだよ」



 たしかに、本当に留学していたならば、文学でも、海外のものについて学べる外文学科の方が、向いているだろう。


 勿論「捜査のためです」と言うわけにもいかないので、遠山も、N国の文学が好きという無難な理由で、お茶を濁そうとした。



「へー、どんなの読むの?

 作家は誰が好きなの? 」



(……『あやもの』って言ったら駄目か? )



 一瞬自分が大、大好きなラノベタイトルが彼の頭をよぎるが、流石によしておくことにした。


 文学部らしいもので、自分の好きな……と考えたとき、遠山はふと、ひとりの作家の名前が思い当たった。



「小泉八雲」


 小泉八雲。

 この国に帰化する前は、ラフカディオ・ハーンというらしい。


 まだ、遠山が怪異をオカルト的な空想のものだとしか認識していなかったころ。


 国語の教科書に載っていた『耳なし芳一』の話を読んで、そこからはまって一時期、ずっと読んでいたことがある。


 最近は仕事が忙しいのと、ラノベばかり読んでいるせいもあって、あまり読み返すことが少なくなってしまっているが、それでも思い出深く、不思議と縁がある作家である。


 例えば、怪異捜査官になるための養成所で、まさか、小泉八雲の作品が、怪異記録書物として紹介された時なんかは、遠山もなかなかに衝撃をうけた。



「N国独特の、霊的な信仰とか、そういうのを国外出身の彼が書いてるのに興味を惹かれて。


 それから、怪談文学に興味が出て、ね」



 兄のプリンススマイルは習得できなかった分、言葉遣いだけはトレースして、一応の返答をする。


 【怪談話好き】という要素は意外であったのか、囲んでいた面々の反応は、


「お、おぉ……」


 と、まぁまぁ微妙だ。



「ほ、法何くんはどうしてこっちの学科にきたの? 」


「僕かい? 」


 切り替えるように、今度はノアに話が振られる。



「お父さんを探してるんだ」


「お、お父さん? 」


「そう、全てにしてたったひとつの、僕らのお父さま。


 今はここにはいないけれど、多分この国にもどこかにあるはずなんだ、あの……■ ■ ■ ■ ■ ■ ■っていうんだけど」


 探しているというものの名前を、恐らく読み上げたのであろう。



 ノアのその言葉は、およそこの国の言語とは似ても似つかぬ音で、本能的な恐怖を掻き立てる音でもあった。



 この流れは良くない。

 非常に良くない。


 遠山の頭の中でガンガン警報が鳴り響いた。




「の、ノアさ……ノアくん。

 その話は、また今度にしないか?」


「あぁ、それとも君は知ってる? 」


「ひぃっ……!」


「ノアさん!!」



 目を向いて迫るノアから正気を見出すのは難しい。



 迫られた相手は思わず悲鳴を上げて、後退していた。


 慌てて遠山が引き離しにかかるが、時既に遅し。


 彼らの中で、それぞれに、ホラーオタクとやばい電波というレッテルが貼られたようで、気がつけば、人だかりは無かったものになった。




「あれ?

 みんないなくなっちゃったね。

 不思議だねぇ、弟」


「はは……」


(ここふたり、潜入に向かなすぎるのではないだろうか? )



 せっかく人が集まっていたのだから、軽戸のことを聞いておくのも手だったのかもしれない。


 後悔先に立たずなことを、遠山が考えていると、



「八雲、好きなの?」



 先ほどまでは寄ってきてもいなかった黒縁眼鏡の男性が声をかけてきた。


 ……特徴が一致する。


 彼こそが、軽戸である。




「うん、そうなんだ」


「なにが好きなの? 」


「……どの作品かってこと? 」



 個人的には『雪女』あたりだろうか。


 そう答えようとした矢先、イヤホンから、廻斗がある作品名を口に出したので、つられて遠山もその名前を口にする。



「『貉』」



 貉というのは、あの典型的な、のっぺらぼうの怪談話である。



「そうか、君も『貉』が好きなんだな」



 ひとり納得したように軽戸は頷くと、それ以外の用はないとばかりに去ろうとした。



「君も小泉八雲……怪談話に興味があるのか?

 よかったら、少し話でもしないか? 」



 強引であるとは思いながらも、遠山が会話を続けようと試みる。


 せっかくのチャンスに急いて、それで生じる多少の不自然さについては、おおめに見てほしいものだ。



 ふむ、と軽戸は陰鬱そうな面持ちで、こちらを振り返った。



「うん、それは良いね。

 昼時、食堂で少し話そうじゃないか。


 ふたりとも、来るといい。


 きっと、うん、それが良い」



 そう言って、今度こそ、軽戸は教室を後にした。


 くいくいと、遠山の袖を、ノアが引く。



「どうしました……? 」


「ターゲットから、やっぱり残穢が匂うよ。

 弟も、教えてくれてるんだ。


 これは近いうちに、怪異と何か接触するようなことが、あったに違いないね」


「……そうですか、残穢が」


「ねぇ。

 弟がすこし、アイツを見張りたいんだって。

 良いかな? 」



 念のため、遠隔組の指示を待つ。


 返答は、Go 。



「だって。

 行っておいでよ、弟」



 ノアが足元に声をかけると、彼の影が全く無くなってしまった。


 持ち主から離れた影は、光の強いところを器用に避けながら、軽戸の後を追いかけていった。

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