潜入調査 1日目

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 翌日、伊沢組の始動から2日目だ。



「ねぇ、もっとまともな運転できないの?

 酔ったらどうするのさ」


「遠山くん遠山くんラーメン屋あるッスよ!


 え?朝ご飯はもう食べた?


 なら、デザートがわりに入ろうッスス!! 」



「ふたりとも、降りて歩いても構いませんよ」




 生意気共を乗せて、車を走らせる堅物刑事は、仕事中にも関わらず、ラフな服装をしている。


 それは、伊沢の提案で、遠山は仁成大学に潜入調査をすることになったからだ。




『オカルトサークルに近づくためにも、内部に潜りたい』


 伊沢の意見から、昨日遠山が要請のために離れた後の彼らも、結構大変であったようだ。


 件の法に触れそうな怪しいところを、ネット上からピックアップするなど、彼らの努力の結果、なんとか表向きの〝捜査関係事項照会書〟を発行することが出来た。



「ちなみに、オカルトサークルは具体的にどのようなまずいことをしていたのでしょうか?」


「あー、最近のmutterの呟きをみると分かるんスけど、結構過激化してるっぽくて。


 例えば病み垢の呟きに、ドッペルゲンガーにまつわるリンクを貼るのはまぁ、法律的にはギリギリセーフとして……。

 判断を急かすようなコメントをするのはアウトでしょ」


「それは、自殺教唆ですね……」


「後は、ドッペルゲンガーを積極的に拡散してるアカウントを改めてピックアップしてみたンスけど、ちょっと面白いことが分かって」


「面白いこと、ですか? 」




「拡散アカウントのいくつかが、既に死人だったんス。



 最近この事件関連で亡くなった被害者も含めて、自殺した人間のサブ垢なんかを、誰かが動かしてたみたいッス」


「……それは、誰かが乗っ取ってたということですよね、一体誰が……」


「誰かはまだ分からないけど、痕跡から、ハッキングは仁成大学の共有パソコンから行われた疑いがあるッス」


「いよいよきな臭くなってきましたね……」


「ちなみに痕跡を見つけたのは、お兄さんッスよ、ねぇー? 」


「そうだったかもね」



 話を振られたのにも関わらず、廻斗はどうでも良さそうにあくびをした。



 そんな兄の様子を、遠山はバックミラー越しに伺う。



 昨夜のこと。


 あの後、追いかけるのは無謀だと悟った遠山は一応専門家である伊沢と、特殊捜査課の方にも報告はいれて、あとは走って家に帰った。


 たしかに玄関には兄の靴があり、念のため声をかけると、扉越しにだが、安眠妨害に怒る返事があった。


 とはいえ、この目で見てしまったもう1人の兄の姿に、落ち着けるほど図太くはない。


 何があってもいいように、遠山は、兄の部屋の前で一夜を過ごした。


 当然座って眠ったので、眠りは浅く、昨日の疲れは微妙に取れていなかったりする。


 ……兄は、自分よりもっと落ち着かないのではないだろうか?



(昨日は、兄さんは眠れたのか?)



 ふと、そんなことを聞きそうになり、でもやはり不機嫌な返事しか返ってこない気がして、結局のところ、彼は黙って運転に集中することにした。








「わぁ。

 後輩くーん、こっちだよ。

 弟もおはようだって! 」



 目的地につき、車から降りた遠山一行をみつけた法何ノアが声をかける。


 大きく手を振る彼もまた、チェック柄のシャツの上に、ダブダブの白いパーカーといった、カジュアルスタイルである。



 そして、既に振り回された後なのか、隣でヘトヘトになっている谷崎も、また私服姿である。


 ポロニットとパンツ、その上にコートを羽織った姿は、普段とはまた違った印象を周囲に与えていた。



「……なんでふたりがいるんだ?」


「人手が足りないと言ったでしょ?」



 メンバーが増えたことで、改めて猫を被った廻斗が笑顔で受け答えをする。



「このふたりは、討伐組から、急遽伊沢組に協力してもらうことになったんだ。

 ほら、或斗だけじゃあ、心細いだろう? 」


(聞いてないんだよなぁ……)



 伊沢と、目の前の腹黒に、交互に非難の視線を向けるが、廻斗には効果がないし、伊沢は廻斗のキャラチェンジを受けて抱腹絶倒手前である。




「……今日も君はお兄さんと行動をしているのかい?」


「あぁ、君は谷崎さん、だったかな?

 そちらは、法何さんだよね 」


「……名前を、よく覚えているんだね」


「ちょっと記憶力には自信があってね、いつも弟がお世話になっています。

 弟は迷惑をかけてないといいんだけど……」


「兄さん……」


「……別に、凡人は、天才に多少なりとも迷惑をかけるものさ。

 べつに、そのくらいでどうとは思わないよ」



(もっと頑張ろう……)



 ……実は、意地っ張りな谷崎なりのフォローであったことを、反省モードに入った遠山には知る由もない。




「ねぇ、後輩くんのお兄さんは、なんの怪異とどんな関係なのかな?」



 弟も気になるって。

 そう言って、先ほどまで、比較的おとなしかったノアが、廻斗にズイッと、顔を寄せる。



「それは、私も気になっていたんだ。

 遠山警部どのは、一般警察の人にしては、怪異の気配がありありと視える。


 同行捜査よりも、一刻も早く、保護を受けた方がいいんじゃないかい? 」



 谷崎も追撃すると、廻斗は困ったように反応する。



「実は、僕もドッペルゲンガーのような怪異が確認されたみたいでね。


 でも、僕はまるで心当たりがないし、いまいちピンとこなくて……。


 結局話し合って、どんな怪異か特定するためにも、伊沢さんと行動するのがいいということになったんだ。


 今回はいろんな我が儘を聞いてもらって、捜査に参加させてもらってるんだ。

 君達には迷惑をかけてしまうのが、忍びないけれど……」



「えーと、まぁ、ドッペルゲンガーの発生の前提が前提だし、他の怪異の可能性もあるなか、変なふうに見られたら、辛いッショ?


 だから、一応これ、内密になってるんスよ」


「へぇ」



 すんなりと納得してみせたノアに対して、谷崎は未だ納得できていないような様子だ。



「……そう、なのか? 」



 確認するように、遠山の方を見るので、遠山はとりあえず頷くだけにした。


 基本嘘は苦手なのだ。


 下手に話してボロを出し、また廻斗にネチネチ言われるのは、ごめんである。



「まぁ、それなら、仕方ないね。


 ……私は一応、捜査課きっての感知能力者だから、何か有ればすぐ気がつけると思う。


 捜査も一緒にするんだし、ここはひとつ、皆連絡先を交換しないか?」


「おお、良いッスねぇ」




 谷崎の提案で、一通り連絡先を交換しながら、軽く打ち合わせもこなしておく。




「3人は〝約1年の留学から帰ってきた、仁成大学の2年生〟ッス。


 今日から少しの間、遠山くんとノアくんは文学部国文学科、谷崎さんは人文学部人文学科の生徒になってもらうッスよ!」


「俺たちの方にサークルリーダーが、谷崎の方はサークルメンバーの人数が多い学部なんですよね」


「……ちなみに、どうして私は単体潜入なんだい?


 私は自慢じゃないが非戦闘員だよ?

 そっちばっかり力自慢が集中して、チーム分けがおかしくないかい? 」



「谷崎さんが猛犬のリードを引くッスか?

 はたまた、猛犬を野に放つッスか? 」



「いやぁ素晴らしいチーム分けだと思っていたとも!


 私は、最初っから!!」



 相変わらず、掌返しが見事である。



「僕たちは、配布した通信機から皆の様子を見てるよ。

 何かあったら、別室からサポートするから、よろしくね。


 谷崎さんの方で、もし何かあったら、すぐに他のふたりに救援を伝えるから、安心してほしいな」




 さて、後は潜入あるのみとなった。



 はじめて大学生活を、潜入捜査のために送ることになった遠山だが、気分はまるで新入生のように落ち着かない。



(うまくいけば、被害はうんと減るかもしれない)



 きっと気合いで前を睨むと、「あ」と伊沢が付け足した。



「遠山くんはお兄さんの真似をすることを意識してねッス」


「なんて??? 」

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