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 睦月にある仁成大学は、偏差値的にもごく普通の私立大学だ。


 今事件において、第五被害者である桜井みくや、その第一発見者の神生直の通学先でもある。




「仁成大学のオカルトサークル、ねぇ。

 ……元々きな臭いところではあるかな」


「きな臭い? 」



「知らないの?

 去年あたりに、サークルぐるみで強制わいせつの疑いが出たこともある、イキリ集団だよ」



「強制わいせつ……!? 」




「元々迷惑防止条例違反でちょくちょく注意は受けてたところでねぇ。


 ほぼほぼ黒だったんだけど、残念ながら、わいせつの方は結局、証拠不十分で不起訴。


 でも、流石にってことで、オカルトサークルは解散した筈……なんだけどね? 」



「どうやらmutterによると、今年春頃から活動してるみたいッス」


「ふぅん。

 メンバーが違うのかな?」


「サークル自体は部活と違って、基本学校側の認可はいらないから……、そこら辺は緩いのか? 」




 遠山は大学には通ったことはない為、大学のサークル事情は知らない。


 しかし、いくら認可がない、緩い体勢とはいえ、条例違反、法律違反疑惑のあるサークルをそのまま復活させることはないだろう。

 ないと思いたい。


 こんなことはしない、新しいサークルであることを、遠山は祈った。



 廻斗の話があるので、早速良い印象を抱き辛くなってしまったオカルトサークル。


 一応、活動を始めてから、mutterではサークル趣旨に合わせて、オカルトにまつわる話を、定期的に投稿しているようだ。


 怪異捜査官という立場にある遠山としては、勘弁してほしいが、この二代目らしきサークルは、活動に真面目に打ち込んでいる、のかもしれない。



「先月あたりから、やたらドッペルゲンガーに傾倒したっぽいッスねぇ」



 投稿に変化がでたのは、伊沢の指摘通り先月の辺り。


 ドッペルゲンガーについて、はじめて投稿されて以来、彼らの更新の中心は、ドッペルゲンガーになっている。



「他のひとの投稿に、少しでもドッペルゲンガーとの関わりを見出すと、即コメントを残してるみたいだな」


「しかも、こいつらが投稿する、ドッペルゲンガーに関する呟きの拡散率は異常だろ。


 今まで殆ど反応がなかったのに、ドッペルゲンガーについてはじめて投稿した呟きですら、もう300回以上RM拡散されてるみたいだぜ? 」



 そのはじめての投稿も、【ドッペルゲンガーを呼び出すおまじない 】を添えているのに加えて、この怪異について、明らかに他よりも力を入れて書いてある。


 ドッペルゲンガーに、彼らが特別に思いれをもっているのは明確であった。




「どうして、ドッペルゲンガーだったんスかねぇ」



 伊沢が、ブツブツと呟く。



「とりあえず、仁成大学に協力要請しておきます」


「あぁ、ッス、よろしく」



 生返事になるほど、考え込んでいるようだ。


「あー、あれやりたいなぁ。

 でも、人手が欲しいッスねぇ、この場合、あ、でも」


 思考に集中しすぎて、手から落としそうになっている携帯端末を、遠山はこっそり引き抜いて、テーブルに置いた。


 そして、情報報告もかねて、仁成大学についての根回しをしてしまおう……とした遠山よりも早く、無線機に通信が入った。




「弥生の◯◯番地の方で、問題発生。

 谷崎捜査官から、至急応援要請あり。


 近隣にいるものは、向かってほしい」


「こちら、遠山。

 2分以内で向かえますが、如何しましょう? 」


「こちら、警察署特殊捜査課。

 装備に問題がないなら、任せたい」


「こちら、遠山。

 了解、すぐに向かいます」



 無線機をしまって、伊沢に声をかける。



「すいません、俺、行ってきます」


「ヘイヘーイ。


 あ、お兄さんはうちに居るッしょ?

 こき使うからよろしくよろしく」


「え、……兄置いて行って良いんですか?」


「だって、明らかに身体を張る場面に素人さん連れて行けないでしょ?

 かと言って流石に怪異に狙われてるくさい人を、放り出すのは、オレが怒られちゃうしぃ……」


「なんか君達人を物置みたいな言い方してない?」



 陰キャとはいえイケメンかつハイスペックを部屋に置くことになるとは……。

 と、いかにも彼らしいことをぶつくさ言いつつも、はよ行けと、伊沢が手を振る。



「それでは、兄を頼みます」


「……おい、ちゃんとカメラつけろ」


「分かってる」



 ラペルピンのようなものを、スーツの胸の辺りにつけてから、遠山は伊沢の部屋を飛び出していった。









「もういやだ!!


 いくら才能に溢れたこの私だとはいえ、こんなトリッキーボーイの対応には、骨が折れるんだよ!! 」



 半泣きな谷崎に対し、遠山はついついどう対応したものか困ってしまう。

 とはいえ、状況を聞けば、誰もが彼女に同情してしまうだろう。



 今回、谷崎が共に捜査をしていたのは、〝天災〟と呼ばれし捜査官、ノアだ。

 彼が、捜査中にとんでもない行動をするのは、彼に同行する捜査官はみな覚悟していること。


 しかし、その覚悟を上回るのが、法何ノアである。





『これも、囮作戦じゃないのかい?

 ね、弟』



 谷崎の感知能力によって、序盤はとくに問題なく、人間に紛れるドッペルゲンガーに対処できた。

 また、ドッペルゲンガー自体は見当たらなくても、怪異が発生している当人のピックアップも出来た。



 しかし、そう簡単に何体も処理できるわけではない。

 だんだんと焦れたノアは、なんと〝怪異に狙われてる人を囮にすれば?〟と考えたらしい。



『とりあえず……、さっきピックアップした人縛って、怪異から見やすいように高いところからぶら下げようか。

 弟、手伝って』



 流石に谷崎も必死に説得を試みたが、それで止まるノアではない。



 遠山が応援に駆けつけた時には、既に数人がふん縛られていた。


 結局、怪異との戦闘を覚悟していた遠山の役目は、まさかの人間、しかも同胞を取り押さえることであった。



 一瞬、あんまりなことに頭痛がしたし、眩暈もした気がする。

 通信機越しに、廻斗までも


『うわぁ……』


 と思わず声を漏らしていた。



 それから、なんとか力を合わせて、言語的、時には肉体的なコミュニケーションによって、ようやく説得を成功させ、ようやくふたりは安堵に息をついた。



 ふん縛られた被害者たちには、『貴方たちは不審者に狙われてます!』……という、廻斗監修の嘘八百で丸め込んだ結果、特殊捜査課の保護に入ることになった。



 目の前で遠山が、ノアを取り押さえていたのが、説得力を増したらしい。


 死を願っていた……とはいえ、ノアから受けた仕打ちは中々怖かったのかもしれない。

 意外にも、あっさり保護に同意したので、結果オーライなのかもしれない。



 うまくいけば、ドッペルゲンガー自体消失しそうなくらいの……彼らの怯えようを、結果オーライと言っていいものかは、微妙なところだが。



「あぁ、いっそあぁ言う感じで、トラウマを作っていけばいいんじゃないかい?」



「何を言ってるんだ!?

 君はもう少し反省してくれ給え!! 」


「あの、ノアさん。

 割と一般の方々は、捜査官ほどタフではないので……」


「うーん、いい考えだと思ったんだけどなぁ。

 弟も同意してるのに……」


「全く、僕みたいな非戦闘員と2人で組ませるなんて方が、どうかしてるんだ!

 タフな遠山くんが、組めばいいじゃないか!」


「俺と組んでも同じ轍を踏むだけだろ……」



 落ち着かせようと、遠山が自動販売機で買ってきたスポーツドリンクを谷崎に渡した。


 ノアにも、同じものを2本手渡す。



「……なんで、法何くんは2本なんだい? 」


「弟さんの分だ。

 ……あれ、弟さんって、スポーツドリンクお嫌いですか? 」


「そもそも、飲めるのかい?」



「……ふふ、弟もありがとうだって。

 きっと、好きだと思うよ、うん」



 テンションを取り戻したノアは、嬉しそうに、その場でステップを踏んだ。




「……ところで、君の兄……遠山警部はどうしたんだい?

 一緒に行動してただろう? 」


「流石に連れてくるわけにもいかないから、伊沢さんの家で待機しているんだ。


 この通信機でやり取り自体はできるが」



 そうして、遠山が胸につけた通信機を見せる。

 一見するとただのラペルピンでカメラとマイクがついているので、こちらの様子を、ある程度は問題なく把握できる。



「ふぅん、そうか……」



 谷崎がまじまじとラペルピンを見つめる。



「大丈夫か?」


「え、なにがだい?」


「眉を顰めているから、よほど、疲れてるんじゃないか」


「そ、そりゃあ、まぁね。

 ……なんだい、運んでくれるのかい? 」


「別にそれくらいは構わないが」



 谷崎としては冗談のつもりだったが、あっさりと間に受ける遠山に、やれやれと首を振った。



「……冗談もわからないのかい?

 これだから、君という奴は……」



 この時、谷崎は頬から耳まであからめているのだが、遠山も知る由はない。



「じゃあ僕が運んでもらおうかな? 」


「君は歩き給えよ」


「えー、君には聞いてないよ。

 僕は後輩くんに言ってるんだから、ねぇ?」


「良いですけど、ノアさんは元気そうじゃないですか? 」


「君はそうやって法何くんを甘やかさないことだよ! 」


(谷崎も元気そうだな……)




 意図せずわちゃわちゃしながら、3人は遠山の乗ってきた車に向かっていく。



「この後は、一旦署でいいんだよね?」


「そのつもりだが」


 谷崎の言葉に遠山が肯定する。

 廻斗はあのまま伊沢宅で作業をすることになったそうで、3人だけの移動だ。



「そうか……」


 再びテンションを下げて、谷崎が呟く。



「空気が、よくなっていると良いんだけどね」

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