餅は餅屋
9
「神崎さんて、あの……?」
名前を反芻する。
その程度にしか、遠山には語れるものがない、出来ない。
それほどに神崎という人間は、ヒラ捜査官にとって、雲の上の存在なのだ。
忌み地と呼ばれる囘木市で、怪異捜査官たちをまとめる地位に就いている。
それだけで、彼が高い実力を有していることが分かる。
しかし、……何ぶん遠い存在がすぎて、遠山のような下っ端の耳にはその評判が聞こえないのだ。
勿論その姿を、見たこともない。
その為、遠山にとって神崎は、〝兎に角すごい人〟或いは〝伊沢曰くオネェな人〟としか、イメージがつかない。
そんな人に交渉したという兄を、ついつい信じられないものを見る目を向けてしまうのも、仕方ないだろう。
「伊沢さんに【よろしく】だそうです」
「……あんにゃろ。
あーもー、あいつの話終わりッス!
今から、皆大好き怪異講座の時間ッスよ!! 」
やや無理矢理に話を切り上げた伊沢が、早速ホワイトボードにペンを走らせる。
まず、【二重存在】と大きく書き、その横に、ふたつに枝分かれした線を引く。
その線の先には、ドッペルゲンガー。
もうひとつの先には、レイスと書いて、終いだとペンを放りだした。
「前提として、今回の事件の怪異現象は、ドッペルゲンガーと見て間違い無いッス。
今からそのドッペルゲンガーについて、改めて振り返りながら、今回、オレらが探るべき目的を明確にしていくッスよぉー」
「ドッペルゲンガー、ねぇ。
芥川龍之介やリンカーンが、ドッペルゲンガーを見たという話があるけど」
「そうなのか?」
「有名な話だけど? 」
わざわざ挑発してくる兄に、またもやムッとするが、遠山は堪えて、伊沢講座に集中することにした。
とりあえず、目の前の事件、目の前の仕事である、そうしないと、次は乱闘だ。
「偉人さんの体験談はなんか多いッスよねぇ」
と、伊沢が話し出す。
「お兄さんが言ったように、二重存在に纏わる怪奇譚は、世界中に報告されてるンスよ。
そして、その怪奇譚の大体は、大きくふたつの結末に分かれるッス。
簡単に言えば、その後の体験者の生死ッス。
何も起きないパターン。
……あるいは、何かあって、最後に死んでしまうパターン。
この話が、後のドッペルゲンガーとレイス、ふたつの怪異現象の原型になるッス」
「原型……?」
「そう。
実は、元々二重存在は怪異現象じゃあない、精神的、あるいは身体的な原因から生じる幻覚に過ぎなかったんス。
世界で報告されてる話のいくつかも、怪異じゃないものが紛れていると言われてるッスねぇ」
つまり、元々、二重存在とは、怪異現象ではない。
ただの幻覚に過ぎなかったということだ。
しかし、現在は怪異現象として取り扱われている。
伊沢曰く、これらが怪異として認識されたのは、〝本人以外の他人による目撃証言があがったこと〟が、大きなきっかけである、という。
本人以外が見たとなれば、幻覚と片づけるのは少々難しくなる。
しかし、それは伊沢個人の推測、という域を出ない。
「今は怪異捜査官がいるけど、昔のものは、一部の能力者が遺してくれた資料以外は、真偽混ざって報告されてるッス。
それもあって、二重存在についても、どのように怪異として認められたのかは、明確な経緯は未だ不明なんスよ。
ただ、確かに、幻覚じゃあ片付けられないような、もうひとりの自分が現れる現象がある。
それを現代では、総じて二重存在の怪異現象と言うッス」
「ドッペルゲンガーも、その二重存在の怪異現象のひとつなんですね」
「いえす!
簡単で明確な基準として、【本物を殺すか、殺さないか】。
前者がドッペルゲンガー、後者が生霊……レイスと呼ぶッスよ。
お兄さんの怪異は、今のところだと、もしかしたらレイスの可能性があるッスねぇ」
ちなみに、二重存在には〝タイムトラベル説〟もある。
その場合は、人間では手に負えないものとしての〝怪異〟案件になるそうだ。
さて、廻斗の件は兎も角、今回事件の中心になるのは、【本物を殺す怪異】。
ドッペルゲンガーである。
「自殺願望が、ドッペルゲンガーの引き金になるから、【自殺の怪異】と呼ばれているんですよね」
「大体あってるッス。
怪異という現象は、別に願いを叶える為に存在する訳じゃないにしても、引き金になった願いをある程度下敷きに発生している。
ドッペルゲンガーが自殺の怪異だと判明したのは、単純に今までの報告による状況からの判断だと思うスけど。
……『自分に殺されたい』とでも願わない限り、もうひとりの自分に殺される……なんてのは、発生しないでしょ」
「対策法は? 」
話を一通り聞き終えたところで、廻斗の疑問が投げかけられる。
「対策法自体は、被害者をつくる前に怪異を討伐する。
殺される前に、発生した怪異を見つけて処分するしかないッス。
ただ、今回の事件において、それは根本的な解決にはならない。
ドッペルゲンガーブームがなぜ起こったのか、何故ドッペルゲンガーが流行ったのか。
それを突き止めて、ブームを鎮火させないと、被害者は増えるばかりッス」
そう言って、伊沢がポケットから取り出したのは、自身のスマートフォンであった。
何処かに連絡していたのか、馴染みのあるメッセージアプリの画面が表示されている。
「ひとまず、実際のブームとやらを見てみまショウ!」
伊沢の掛け声につられたように、彼のスマートフォンが、着信音を鳴らした。
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