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◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 遠山たちがひと通り話し終える。

 資料に目を通していた伊沢は、何やら神妙な顔をして、ふたりに向き直った。



「……気付いたことがあるッス」



 ……まさか、はやくも彼は、何か手がかりを見つけたと言うのだろうか?



「まさか、こんなに早く?」


 廻斗が興奮したように前方に身を乗り出し、遠山も期待を膨らませて、つぎの言葉を待った。





「お兄さんは猫かぶりで、ふたりの仲は、わりと良くないとみた!!」



「なるほど。

 伊沢さんは観察眼にも優れているんですね」




 ダンッ。



 図星で、思わず口を滑らせた弟の左足を、廻斗が思いっきり踏んだ。



(痛っっっっ!!)



 革靴ごしだが、割とあるダメージに、遠山は思わず顔を顰めた。


 廻斗は顔だけはにこやかに笑っているが、どけておらず、目は笑っていない。

 放つ黒いオーラで「手元見ろよ」と語っている。

 

 ゴーイングマイウェイな伊沢に、流れに乗ることを求める方が酷なのだが。





「えー?

 そんなことないですよ⭐︎

 僕たちとっても仲良しですぅ♡」



「いや、流石に目の前で思いっきり足踏みながら否定すんのサイコパスすぎッスよ!?


 あ、こら!

 更にぐりぐりしないのっ!

 弟いじめないお兄ちゃんでしょ!!」


「チッ!!」


「うわ、思いっきり舌打ちした!」



 先ほどまでの好青年面は何処へやら。


 廻斗は、清々しいほどに背負っていた猫を投げ捨てた。


 「覚えてろよ」と、ぎろりと弟を睨みつけると、太々しい態度で、腕を組んで踏ん反り返る。




「はい、俺はクソ兄弟仲悪い猫かぶり警部です♡


 ……で、満足かい?」


「思ったより潔いッス」


「あとお茶ペットボトルはねーわ。

 玉露だせよ玉露。

 あと、茶請け」


「思ったより態度も悪いッス!」


「兄さん……!?」


「五月蝿い」



 あんまりの態度の悪さを咎める弟の声も、端的に跳ね除けた、彼の姿は、まさに傍若無人。


 実を言うと、遠山廻斗は所謂外キャラ男子という奴だ。


 品行方正な優男として外では通っているが、実際の性格はよくはない。


 自分が人よりも優れていることを知っているので、〝自分以外みんな馬鹿〟だと思って見下している。


 それは実の弟に対しても同じである。


 自分よりも要領が悪い彼を、基本無視するか、理不尽に当たり散らしてくるので、正直なところ、遠山の方も兄が好きではない。




 不仲を悟るのは難しくないが、伊沢が廻斗の本性まで見抜いたのは、彼の癖に気がついたことにあった。


 廻斗には苛立つと髪に触る癖があった。


 ストレスを感じると、〝髪に触れる癖がある〟という人間は、割と多い。

 それは、髪に触るという行為がストレス解消に繋がると、言われている。


 例えば「そっくり」と言われた時なんか、廻斗は髪に触れる行動をしていた。


 勿論これだけが決め手ではない。

 その行動を見た遠山が妙に緊張しているのをみて、伊沢はこのように考えたのだ。



 ……弟の前だと、性格が違うのでないか?



 伊澤の見立てでは、遠山はあまり他人の感情の機微に敏い方ではない。


 しかし、その遠山が兄のその癖に反応したということは。


 その癖と兄の感情を結びつけられるような、あからさまな態度を取られた経験があるということだろう。


 それが、伊沢の考察であった。




「俺は性格分析を受けにきた訳じゃないけど。

 カウンセラーでもやってみたら?」


「じゃあ、次は怪異専門家らしいこと言いましょうか?


 お兄さんどこで、そんな【残穢】つけてきたの?」




 残穢。


 それは、〝怪異の形跡〟を意味する、特殊捜査課内で用いられる専門用語である。

 個人差はあるものの、大抵の捜査官はこれを感知することができる。



「……そういうのも分かるわけ?」



 指摘を受けた廻斗の目は、どこかうんざりしているようにも見えた。


 伊沢は得意げに胸を張ると、鼻を擦る。



「オレは残穢を嗅覚で感知するタイプなんスけど。

 お兄さんからは、【ここ最近、怪異と関わった気配がする】ッス。


 しかも、それは怪異の現場を捜査した……程度のものじゃない。



 鋭い子なら、オレの他にも気づいてそうッスねぇ」



 から外れた、感知能力のない遠山には、伊沢の発言の真偽は分からない。


 しかし、心当たりはあった。


 兄を見た時、法何ノアは『面白い匂いがする』と言っていた。


 これが、伊沢のものと同じ意味を示しているなら、兄は何か重要なことを隠していることになる。



「兄さん……」



 探るような視線に追い詰められ、廻斗は白旗代わりに両手を挙げた。



「……分かったよ。

 降参だ」


 それは、怪異に関わったことを認めるものだった。

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