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「今日から、ここにいる捜査一課数名が、本件の捜査に同行する」
事件発覚から3日目。
この日、もっとも会議室がどよめくことになった。
別件捜査のため、館を含めた二班の捜査官の半数が不在の中。
『今回の捜査に関して、疑惑があると申し立てがあった』
と、重い口ぶりで始まった連絡。
『特殊捜査課は、本件に関して管轄を外れた捜査をしている疑いあり』
この訴えに対して下された措置は、〝捜査一課から派遣する人員を、今回の事件捜査に同行させる〟というものであった。
そのあまりの滅茶苦茶さに、捜査官たちは、それぞれ衝撃を隠せていない様子である。
(本当にやったぞ、あの兄)
前方に並ぶ人間の中に、兄の姿を見つけた遠山は、案の定だったと額に手を当てた。
あの人のことだから、昨日の通り〝然るべきところ〟に話を通したのだろう。
そのように考えていると、うっかり本人と目があった。
特にリアクションはないが、徐に髪を触り始めたのを見て、速やかに視線を外す。
(……気をつけないと)
彼の気が重くなっているうちに、調子を取り戻した者たちが、喧嘩腰の態度を取り始めた。
「訓練すらまともに受けていない人間が、我々の捜査に同行するのは危険すぎます」
「第一、そちらが勝手に疑っているだけに過ぎないじゃないですか」
さっそく寄せられた反対の声に、代表して廻斗が口を開く。
「えぇ、僕たちは貴方たちを疑っています」
意外にも、きっぱりと彼は肯定した。
その態度に、室内は再び静かになる。
「確かに、〝怪異という現象によるものである〟という反応が現場から出ているという説明は受けています。
ただ、その真偽は、僕たちには分かりません。
ですから、貴方たちが管轄以上のことまで抱え込もうとしても、我々には判別がつかないのです」
しかし、それだけではないのだと、彼は言葉を続ける。
「我々がそれを危惧するのは、皆様同様に、この市を、この国を守ろうという意志が強いからです。
我々で対応できることは我々が取り組めば、特殊捜査課はその分、怪異という皆様でしか対処できないことに、打ち込むことができる。
そうすれば、この土地を、より安全な場所にすることができる……!
果たして、本当に今、そういった適材適所の役割分担が行えているのか。
我々は自信を持って断言することが出来ない。
特に、今回の事件は……。
ですから、本件を通して、お互いの理解を深めるべきだと、思うのです。
これからの、より良い体制に繋げられるよう、今後このように揉めることもないよう。
……その結果、このような措置になりました。
勿論、捜査の足を引っ張らないよう、自分達の安全は自分たちで確保するための対策は、既にご指導いただいています。
不安や混乱もあるとは思いますが、ご理解いただきますよう。
……どうか、よろしくお願いします」
最後には、真面目な顔で頭を下げた。
そんな彼に異論を唱える声は止んでいた。
それどころか、感心するようなそぶりを見せるものもいる。
その様子から皆納得したものとしたのだろう。
この話題はしめられ、捜査一課の彼等を新たに加えて、ようやく本題が始まった。
「ねぇねぇ。
アレ、君のお兄さんかい?」
ふと、服の裾を引っ張られ、遠山は声の方向に目を向ける。
部屋の隅で地べた座りをしていた筈のノアが、いつの間にか彼の隣を陣取っていた。
「はい、まぁ」
「ふぅん、そっか。
彼、随分と面白そうなにおいがするから、弟とびっくりしちゃった」
「におい、ですか?」
「うん、アレは……」
「おい。
そこ、会議中は私語を慎め」
関係のない会話をしていると見咎められ、「すみません」と遠山は姿勢を正した。
その間にノアは、別に興味が移ったのか、影に向かって話しかけるのに夢中になってしまう。
(結局においってなんだったんだ……?
比喩表現か?)
少しモヤモヤはするものの、遠山は、改めて、捜査会議に耳を傾けなおした。
さて、【二重存在多発事件】と名付けられた今回の事件、最初の被害が確認されたのは2日前の早朝である。
市内に住む男性が自室で亡くなっていたところを、一緒に住んでいた家族が発見した。
同日に他2件、翌日に2件の通報が入り、現時点で5人の死亡が確認されている。
被害者が共通して【自殺志願者】であったことや、現場状況、周囲の人間の証言から、本件は【ドッペルゲンガー】によるものとして捜査されている。
では、どうして今、ドッペルゲンガーの被害が大きくなっているのか。
その原因として、あるネット上のブームが挙げられた。
「5人目の被害者の携帯を調べた結果、他被害者同様に、ネット上でドッペルゲンガーに関する言及を行っていました。
履歴を辿った結果、やはり、常駐していた自殺掲示板から、この怪異に関する情報を得たようです」
【ドッペルゲンガーブーム】。
自殺願望を抱えたものが集まるネットコミニティを中心に、ある時期から、このような書き込みが行われるようになった。
____『強く本気で願えば、ドッペルゲンガーが、自分を殺してくれる』
怖気付いてしまう人のために、迷惑のかからない協力者を得るためのおまじない。
そんな、ふざけた噂話は、ネットのあちらこちらで囁かれるようになってしまった。
それからは、例えばコミュニティから人が減ると、〝ドッペルゲンガーに成功した〟と噂がたち、仮に何も起きなかったと主張する者が出ても、〝気持ちが足りないのでは?〟となる。
明らかに、最初はおふざけでしかなかったドッペルゲンガーは、今や一種の信仰を持って、その存在を囁かれ始めている。
これが具体的にどう関わってくるかは断言できないが、今回の事件に何かしら影響を与えている可能性が高い。
「ドッペルゲンガーは、〝対象を殺害する前に見つけ出して討伐する〟他に、直接的な対処法がない。
幸い、大抵の怪異捜査官は、【ドッペルゲンガーと人間の区別はつく】。
その為、これから役割を分ける。
市内区域もしくはインターネット上をパトロールし、怪異を見つけ次第討伐する【巡回組】。
主に現場や遺留品調査を中心に手がかりを追う【捜査組】。
これから班分けのため、名前を読み上げていく。
……あぁ、そうだ。
遠山は、いつものように専門家の協力要請に行ってくれ」
「承知しました」
「捜査一課の遠山警部と一緒に」
「はい。
……はい?」
いつもの指示だと頷いていた遠山だが、なにやら、そこに予想外の言葉が付け足されていた気がして、思わず聞き返した。
廻斗の方も、一瞬顔が強張ったものの、すぐに取り繕って
「よろしく」
と髪を撫でつけながら、微笑んだ。
それに、適当に返事を返しながらも、胃がキリキリと痛み出すのを、遠山は感じていた。
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