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 都市伝説の中でも、ポピュラーな存在である【ドッペルゲンガー】。


 捜査官たちの間では、【自殺の怪異】として、悪名高い存在である。




 怪異としては珍しく、たったひとり分の【自殺願望】を引き金に発生する現象で、力自体は然程強くない。

 しかし、〝対象を殺すこと〟に特化してる分、高い確率で死者を出してきた。


 春頃や連休明けというメンタルが落ち込み易い時期は、全国的に発生数が多くなる。


 その為、そういう時期が近づくと、〝ドッペルゲンガー注意期間〟として捜査官たちは、よりこの怪異の対策に力を入れてきた。



 しかし、現在は2月上旬。

 ドッペルゲンガーが特別発生しやすい季節ではないにも関わらず、既に最初の通報から2日ほどで、被害が多く寄せられていた。



 その原因として疑われているのは、インターネット上で、自殺志願者を中心に広まりつつある【ドッペルゲンガーブーム】であった。




(被害者のSNSを見てみたいが……)



 ここで、遠山はそう言ったものが、この部屋で一切見つからないことに気がついた。

 というよりも、全体的に遺留品が少ないような気がする。



(既に押収され……てはいないよな。


 基本捜査官が、全体的に目を通してからじゃないと押収されない筈だ)



 迅速に対応する為に、現場の時点で怪異捜査官は全ての情報にある程度目を通すようにする。


 特に携帯などは、被害者を知るに便利なツールである為、直近の内容だけでも目を通してから、解析にまわすようになる。


 その場でどうしても見ることができない場合は、この限りではないが、その場合、何か一声掛けられる筈である。



 遠山は念の為、近くにいた捜査官に確認をとる。



「なんだい、遠山くん。

 まともに証拠品も見つけられないのかい?


 やれやれ、大変だねぇ無能という奴は」



 声をかけられた谷崎は、やれやれと首を振りながら、現場全体を探し始めた。



 ちなみに、彼女のフルネームは、谷崎タニザキ トオル


 ある有名な神社生まれであることを鼻にかけた、プライドの高い言動がトレードマークだ。

 一応、遠山の同期である。


 遠山のような志願組を一段見下す発言が多いが、基本的に彼女は誰に対しても刺々しい態度である。

 この程度の嫌味には慣れきっていたのもあって、遠山は(今日も絶好調だな)くらいにしか捉えていなかった。



 一通り見た谷崎は「うん」と頷くと、遠山の方を振り返った。




「見つからないね!」


(おい)



 清々しいほどの掌返しに、内心ずっこけた遠山は、気を取り直して彼女に向き直った。


 ……ここ最近、彼は、やけにこういうタイプに振り回されている気がする。



「まさか、ゴミに埋もれているのか」


「いやいや、その程度だったら、私の感知能力で見つけられるさ」


(谷崎の感知能力ってそんな警察犬みたいな能力だったか?)


「考えられるのはただひとつ。


 被害者は……携帯の類を持っていなかったということだ!!」



「第一発見者によれば、被害者は中々のネット中毒っぽいが」


「……そうだったかい?」


「ほかに考えられるのは……。

 また、先に彼方に押収されてしまったか……」 



 遠山が懸念しているのは、今回の事件における捜査一課との確執だった。


 例えば、一見するとただの事件に思えるものが、実は怪異事件であった、ということがある。

 そういう事件が、うっかり捜査一課にまわされることも少なくない。


 大体後から判明して特殊捜査課に引き継がれるのだが、それを向こうがよく思っていないのは、遠山も知っていた。


 特に今回は目に見えて明らかな怪異現象というわけでもない。


 その為、捜査一課目線からは「なんでも怪異とやらのせいにして、捜査権を横取りしようとしている」ように見えていた。



 元々、この現場も最初は捜査一課が調べていたらしい。


 本来なら、怪異事件だと分かった時点で、証拠品にはそのまま手をつけずに引き継ぐようになっている。


 しかし、今回の事件に関しては、彼方がうっかり遺留品を押収してしまうことが多く、今回もそのケースかもしれない。



「……私もそれは考えていたとも!!」


「……そうか」




 改めて谷崎の絶好調ぶりを実感しながら、遠山は玄関の方に向かう。


 もし、本当に彼方が持っていってしまっている場合、署でわざわざ引き継ぎ作業をしなくてはならず、ロスタイムになってしまう。



 急に動き出した遠山に、

「何処に行くと言うのだね!」

 と、何処かで聞いたことがある台詞を言いながら、谷崎もあとを追いかけてきた。



「下の方に、まだ捜査一課の人が何人かいたから、せめて情報共有を頼みにいく」


「キミが?

 対人トラブル報告数ナンバーワンにノミネートされつつある君がかい?」


「……交渉しに行くだけだ。

 別にトラブルにはならないだろう、多分」


「良いからキミは引っ込むんだ。


 ここは、エリート捜査官である私が行くに相応しいのだよ!」


「アンタの方がコミュニケーションに不安がありそうだが」


「コネ山くんの癖に生意気なんだが」


「コネじゃない」




「なんで渋るんだよ、おかしいだろ!!」




 突っかかる谷崎を連れて、外に出ると、行き先で既になにやら揉めていた。


 ふたりは思わず顔を見合わせると、恐る恐る階下の方を覗く。



 遠山と同じ目的で、交渉に行ったらしい捜査官と、相手が明らかに衝突しているようだった。



「だから、正式に指示がでてから引き継ぐ。


 既に押収してある証拠品もそれまで待てと言っているだけじゃないか」


「そもそも、怪異捜査案件になった時点で、証拠品は現場から動かさずに引き継げって取り決めだろう。


 それも破ってる癖に、情報共有も渋るのは違反行為だって分かってるのか?」


「……今回の事件が、本当にアンタらの管轄によるものか、こちらでは納得しかねる点が多い。


 本当はオタクらが難癖つけて、なんでも捜査権を横取りしようとしてるんじゃないか?」


「餅は餅屋って言うだろ?


 無能力者があーだこーだ言っても、俺たちからすれば一目瞭然なんだって」


「そのアンタらが嘘を言ってないことも、こちらでは証明できないんでね」



 火花が散っているような、明らかにバチバチしたやりとりである。



「……こ、これだから無能力者は。

 なんの利益があってああも噛み付くんだろうね」


「……いや、これどっちもどっちだろ」



 特殊捜査課に所属する為、彼らが苛立つ気持ちもわかるが、捜査官の方もわざわざ相手を煽るような見下す発言を繰り返している。


 このままでは、今以上にヒートアップするだろう。



(止めないと、これは)


 そう遠山が動くよりも早く、「まぁまぁ」と両者を宥める存在が現れた。



「この辺で、落ち着いてください。

 近所の人がびっくりしてしまいますから」



 場にそぐわない、穏やかそうな物言いが、一時的に両者の戦意を削いだ。



「廻斗さん」


「向こうの言い分は尤もです。


 とりあえずでも引き継ぎと言われた時点で、僕達はそれに従うべきでした。


 それは申し訳ない。

 今の時点で分かった情報は共有しましょう。

 もちろん、押収した証拠の方も、この後然るべき対応させていただきます」



 間に立った遠山廻斗は、一見捜査官たちに歩み寄る姿勢を見せた。


「しかし……」

 対して納得いかない表情の彼らにも

「気持ちはわかります」

 と、頷いてみせる。



「今回納得し難いところがあるのは事実です。


 とはいえ、それは彼等に言っても仕方ないことです」



 ね?とかかる声に、それぞれがとりあえず頷いて、争いをやめた。

 完全に納得がいっている訳ではないだろうが、取り敢えず、この場でこれ以上揉めることはないだろう。



「ははっ、話が分かる人がいてよかったよ。


 というか、もしやあれはキミの兄ではないかい?」


「……そうだな」



 心配ごとが目の前で解決したのにも関わらず、遠山はなんだか嫌な予感がしていた。



 ____『彼等に言っても、仕方ないことです』



(……それって、〝訴えるべきは別のところに〟って意味だろう。


 ……兄さんの場合は)



 遠山の予想が見事に的中していたことが判明したのは、翌日の捜査会議の時であった。

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