ACT. 1.5 —余話—

ふたり、ラーメン屋にて

1


「そういや、〝コネ山〟って何スか?」




 小盛りの醤油ラーメンに、追加煮卵5個。


 それらをごきげんに食べていると思いきや、急にそんな話題を振ってきたので、遠山はむせそうになった。



「どこで、それを?」


「捜査会議の時」


「……言ってましたね」



 明らかに息を吐きながら、眼鏡を外して、うっかりはねさせてしまった汁を拭く。


 そんな単語を会議で口走った誰かを、遠山は、より恨めしく感じてしまった。



「俺のあだ名……のような、風評被害のような、ものです」


「それは、あんまり穏やかじゃないッスね?」


「端的にいえば、悪口なので」



 コネ山というのは、そのまま〝コネで特殊捜査課に入った遠山〟という意味だ。


 伊沢に憧れて、警察署に1ヶ月通い詰めるという暴挙で、なんとか試験を受けるチャンスをもぎ取った遠山は、スカウト組とは違って〝捜査官の才能〟には乏しい。


 その上、遠山の父親は元々警視監の役職についており、双子の兄もキャリア組で現在警部の立ち位置にいる。



 ただでさえ、愛想がないと、嫌われやすい傾向にある遠山は、遠慮なく邪推された。


 噂をたてられ、尾鰭がつき、最近は〝コネで入った汚職警官〟……と散々な言われようである。



 勿論、実際はコネではなく、れっきとした正規の方法で採用されている。



____『本当にギリギリの合格ですねぇ〜』


 試験官には、〝多分他の人よりも殉職しやすいので、頑張ってください〟と、合格通知と共にゆるく、残酷な励ましを添えられた。



「まぁ、実際コネで入れるような職なら苦労しないんスけどねぇ。


 やな感じぃーッス」


「自分にも原因はあるので。


 今回の件で少し緩和されましたし、今後も信用されるにあたる働きをするだけです」


「へぇ〜、頑張るッスねぇ。


 あの様子じゃあ、手のひらを返すのも早そうッスけど」


「……まぁ、父や兄にも迷惑がかかるので、一応誤解だとは言うようにしていますが」


「でも、中々聞いてもらえないと」


「話す前に、いつも逃げられてしまって」


「あぁ、それは、ドンマイッス」



 威圧がなぁ……と、言い淀む相手に気づく様子はなく、遠山は店員を呼んで、替え玉を頼んだ。



「とはいえ、その顔なら、慰めてくれる恋人には困らなそうッスけどねぇ」


「恋人は居ないです。

 嫁がいるので」


「フォァッ?!」



 伊沢は奇妙な声と共に、ワナワナと肩を震わせた。


 これは、所謂裏切り者を前に怒り狂う、一歩前の姿だ。


 しかし、同族のよしみである。

 話だけは聞いてやろうと、胸に手を当てて、飛び掛かりたい衝動をなんとか堪える努力を見せた。



「ふざけんなテメェ!!写真見せろくださいッス!!!」



 無理だった。




「はい、どうぞ」


 遠山は、特に抵抗する様子もなく、一言断りを入れてから携帯を開いた。


 そして、操作を済ませると、そのまま伊沢に渡す。



「どれどれ……。


 イケメン捜査官の嫁、そのツラ拝んでやるッス!!」



 半ばヤケのようなテンションで、伊沢は携帯を覗き込んだ。



「どぉせ相手も美形なんデショ!

 僕ぁ、知ってるんだぁ!!」




 ……。



 〝遠山の嫁〟を見てから、しばらく、間があった。




「……ヨメ??」



 携帯には、ゴスロリに身を包んだ金髪美少女

……のイラストが映っている。



「嫁です。


 ……『妖青春物語——平凡なあたしは何故か人外美少女達と青春を送るようです——』のサブヒロイン〝蜘蛛ヶ咲 百合子〟です。


 リリィは……あ、百合子のことです、最初は主人公につっかかってくる高飛車なお嬢様だったのですが、彼女の本領発揮はデレてからなんですよ。


 一途で健気で努力家……でも、決して暗い面やバタ足部分は見せようとせず、強くあろうとするところ。


 認めた相手には人懐っこく振る舞うギャップがですね。

 俺も彼女に恥じないように毎日誠実を心がけて生活しています。


 基本的に公式からの供給もなく、二次創作もないので、グッズは自分で作ってて。

 あ、この画像は自分で描きました」



 伊沢は、急に始まったマシンガントークに呆気に取られていた。


 そして、ようやく動き出したと思いきや、遠山の手を取り、こう叫んだ。



「……許した!!」

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