ひとり、情報管理室にて

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【怪異報告書 明け星】


■概要


 〝明け星〟という怪異現象は、しばしば「禁忌と堕落の怪異」と表現される。


 この現象は、「あらゆる知恵、あるいは人知を超えた知恵をも所有する」という特徴をもち、それを積極的に人間に発信する。


 一見すると、特性から、人類の発展に貢献できそうに思えるが、この怪異は、与えた知恵を通して、相手を破滅の道筋に導こうとする。


 物語の中で〝悪魔〟と表現される存在は、この怪異自身か、これを基にしている可能性が高い。




■追記

 この怪異現象は、誘惑にさえ負けなければ、怪異捜査において、有益である。


 何故ならば、怪異現象に纏わる情報も、〝明け星〟の把握する知恵に含まれているからだ。


 その為、囘木警察署特殊捜査課の元で収容・管理し、怪異捜査での導入を試みる。



■追記2

 囘木警察署所属の伊沢深泉を管理担当として、任命する。



■追記3

 〝鮫島事件〟の混乱に乗じて、脱走。

 他の収容怪異の脱走を補助したものと見られる。


 〝鮫島事件〟重要参考対象に指定、見つけ次第討伐処理を行うものとする。


 また、今回の事態を踏まえ、今後は、基本怪異の収容処理は行わないものとする。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 遠山の立場で、閲覧できる【明け星】の情報は、ここまでだ。




「開示レベルが低いと、詳細が分からないな……」



 資料にひと通り目を通したが、彼には、怪異【明け星】がどのような怪異なのか、いまいち想像ができなかった。



「伊沢さんについて、分かるかと思ったんだが……」




 ____『オレ、昔の事件の後遺症で、記憶喪失だって言ったら、信じる……?』



 昨日、伊沢が遠山に明かしたのは、【鮫島事件】によって、彼が抱えた後遺症だった。


 そして、失われたものを探る為、【明け星】と呼ばれる怪異を探しているということも。





 ……伊沢深泉という男を語るのに、過去の名声は勿論の事、他にふたつ、外せないことがある。


 それは、怪異【明け星】の管理担当者であったこと。


 そして、怪異捜査官史上最悪の事件……【鮫島事件】における唯一の前線生還者であること、である。




 その腕を見込まれて、もしくは怪異自身に気に入られたとも言われているが、兎に角、彼はこの怪異の担当者に選ばれた。


 そして、【明け星】とは、捜査でよく行動を共にしていたという。



 しかし、【明け星】は【鮫島事件】の混乱の最中にその姿をくらました。


 【鮫島事件】の全容は、前線で動いていた捜査官のみが知るが、伊沢を除いて捜査官は全滅。


 そして、唯一の生き残りであった彼は、不思議な力を宿したと同時に、事件以前の記憶の一切を失っていた。




 後遺症による懸念と、【明け星】の責任を取らされたことにより、伊沢は退職を余儀なくされた。


 勿論、事件の唯一の生き証人をそのまま野放しにする訳もなく、彼には常に監視がつけられて。


 しかし、記憶はないが、知識は覚えていた。


 【明け星】から伝えられた、様々な怪異にまつわる情報も覚えていること。

 その上、あの特異能力も捜査に充分利用できることに気がついた彼は、怪異の専門家として、現在も捜査に関わることになる。





「……〝正体不明〟か」



 記憶や経験が人を作るなら、まさしく、正体が無い存在だと、伊沢は自らをそのように称した。



____『せめて、オレがオレである実感が得られたら、良いんスけどね』



 その表情は一見するとどうともなさそうなものだったが、遠山には、少しだけ、寂しそうに見えた。



 以前の伊沢と行動を共にしていたという怪異【明け星】。


 この怪異ならば、せめて、伊沢が記憶を失った所以を知り得るかも知れない。



(俺に出来ることは無いだろうか……?)



 この間も、彼は伊沢に助けてもらったところがある。


 それより、以前も。


 まだ、何も返せていないことが、心をモヤモヤさせていた。



(……俺如きが、あの人の力になれるだろうか?)



 遠山の目の前には、穴だらけの情報が一枚ある。


 今の遠山ではアテも力もないのだと、教えているようだった。



「……もっと、頑張ろう」



 せめて、ひよっこは卒業しないと。


 そう考えた遠山は、ひとまず情報管理室を後にした。

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