バディ未満の聞き込み

16

 

「何か、おかしくないですか?」

 

 いや、おかしくないところがない。


 そんな気持ちを込めて、遠山はツッコミを入れたが、相手にはどうやら通用しなかったようだ。




 15分も遅れて登場した協力者__伊沢は、遠山にニヤッと笑いかけ、自分の懐から、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。


 〝伊沢様〟と見慣れた字で書かれたそれは、遠山が昨日謝罪と意見をしたためたもので間違いない。


 

「これ読ませてもらったッスよぉ。

あ、あと飲み物もご馳走様ッス」

 

「……あ、いえ。自分に非があるところは、認めるべきだと思っただけなので……」

 

「……これを読んで、やっぱり思ったッス。


 アンタはやっぱり、正直捜査官に向いてはいないッスわ。

 意外と、直情的なところあるし」

 


(それに関しては、返す言葉がまるでない……)

 



 昨日の行動を振り返ればその通りではあると、遠山は感じた。


 ただでさえ、本人に面と向かって手紙を読んだと言われるのは、落ち着かない気持ちになる。

 加えて、未熟者の自覚があるからこそ、地味に凹みながらも、遠山は言い返すことができない。



 しかし、伊沢の言葉は、決してそれだけでは、終わらなかった。


 

「でも、アンタなりに道理を考えて、こういう行動が取れる柔軟性。


 加えて、決して譲れないところは譲らない筋を通せる我の強さは、オレは評価できると思うッス」


 

「……え」


 

 遠山が、耳の痛さに俯き始めていた顔を上げる。


 伊沢は変わらず、遠山を見ていた。



 

「あんだけ、啖呵切ったんッス。


 オレにひよっこくんが諦めないところ、見せるッスよ!」


 

「伊沢さん……」


 

 遠山は、少しつんっ、としみる鼻を誤魔化すように擦った。


 そして、「自分も……」と続けようとしたところ、伊沢が遮るように彼に大きな袋を押し付けた。


 

「さぁ、早速弥中で聞き込みッス!遠山くんも着替えるッスよ!!」

 


「……は?着替え??」



 

 遠山は、その時猛烈に嫌な予感がした。



 ……そういえば、今の今まで、ツッこもうと思いながら、流されてしまって、触れられなかったことが、彼にはあった。


 それは、なぜか伊沢が詰襟を、ここの中学校の男子の制服を着ていたことだ。



 恐々と、遠山は袋の中身を覗く。



 中には弥生中学校の女子の制服である、セーラー服が入っていた。


 いや、よく180cmのセーラー服を見つけたものだと、衝撃のあまり、明後日の方向に疑問を浮かべてしまった。


 

「ナンデスカコレ」

 

「制服ッス」

 

「……ドウシテ?」

 

「逆に聞くけど、どーーーーして、ひよっこくんはスーツなんスか?


 ちゃんとTPOに合わせないと、ひよっこくん、唯の怖い不審者として通報されちゃうッスよ??」

 

「26歳男性が、セーラー服着て学校内に現れたら、事案通り越してホラーだろうがっ!!」

 



 遠山のツッコミが、虚しく辺りに響く。やっぱりこの人の思考回路がわからない。


 ちなみに、伊沢の心中は〝面白いオモチャみーっけ♡〟である。



 この時、遠山の厄日が今日も続くことが、決定した。

 







「セーラー服、おさげのひよっこくん……」

 

「着ませんからね」

 

「写真撮って、からかって一生のネタに……。

 いや、末代までの恥にしてやろうと思ったのに……。


 しょんぼりがっかりッス」

 

「すみません。

 やっぱり、張り倒してもいいですか?」

 


 遠山からすれば胃痛のする、側から見れば愉快なやり取りをしながら、ようやくふたりは校舎内に移動した。


 ここは囘木カイキ市立弥生ヤヨイ中学校。


 先程から、伊沢が弥中ヤチュウと呼んでいるここは、第一通報の被害者である、真咲みどりが通っている中学校だ。



 すでに、真咲みどりの担任にはアポをとってある。

 事務室に声をかけると、遠山は迷いなく、スタスタ廊下を先行した。

 


「んー、と。

 担任さんに聞き込み……でしたッスよね?」

 

「本当は生徒にも聞き込みを行いたいところではありますが。


 ひとまず真咲みどりの担任が待つ、職員室に向かいます」

 

「遠山くんって、もしかして弥中出身?」

 

「そうですね。……よくご存知で」

 

「いんや、案内もなく知ってるみたいに移動するから。


 ……っと」

 


 伊沢が、前方から来た生徒の集団を避ける。休み時間なのか、随分とテンションの高い様子で、そのまま伊沢の後ろにいた生徒にぶつかった。


 

「あっ、ごめーん」

 

「っ!痛い!!」


 

 悲鳴をあげる相手に、口先だけの謝罪をして、助け起こしもせずにゲラゲラと笑いながら、そのまま去っていく背中。


 信じられないものを見た遠山は、思わず集団を追いかけようとしたが、転倒した女子生徒の様子がおかしい。


 

「大丈夫か?」


 

 彼が慌てて駆け寄ると、彼女は足首のあたりを抑えて呻いていた。


 すでに赤く腫れてしまっている。


 転倒した時に捻ったのかも知れないと、遠山は一瞬考えたが、彼女の上履きに薄くついた足あとをみて、考えは打ち消される。


 

「ひよっこくん。保健室連れて行きましょ」


 

 彼女に一言二言と、声をかけながら、伊沢が言う。

 流石に、笑ってはいなかった。


 

「随分とがっつり、踏まれてましたから」


 

 遠山も賛成だと、頷いた。


 女子生徒は「大丈夫です、大丈夫」と言いながら、自力で立とうとしたが、やはり痛い様子で、表情が歪んでいる。


 手を貸そうと思ったが、遠山との体格差ではそれは厳しい。

 少し考えて、遠山は、女子生徒の前にかがみ込むような姿勢で、背中を向けた。



 

「君を保健室まで運びたい。

 背中に乗れるか?」

 

「……えっ!?」


 

 女子生徒は驚いたように声を出す。

 

「本当にあるんだこーいうシチュ……」

と伊沢は思わず声に出した。


 

「俺は警察だ。

 君をここで放っておくのは、職務怠慢になる」


 

 とりあえず信用を得ようと遠山は言葉を紡ぐが、残念ながら、女子生徒は戸惑った様子でオロオロしている。


 見かねた様子で、伊沢が声をかけた。


 

「このお兄ちゃん、目つきが悪いけど、悪いやつじゃないッスよ?


 うまく話せてないッスけど、

『単純に君が放って置けないから、保健室行こ?』

 って言ってるだけッスから」

 

「……でも、ご迷惑だし。

 ……重いし、……目立っちゃう」

 

「それは確かに気になるところッスよね。


 まっ、もしこのお兄ちゃんが乙女の敵みたいな発言かましたら、オレが鉄拳制裁加えるんで。


 それに、この人頑固だし、多分君が頷くまで譲らないッスよ?

 長時間このイケメンに跪かせたら、それこそ注目が……」


 

 想像して困ったらしい。

 彼女は「……いいですか?」と言いながら、恐る恐るそのひろい背中に乗った。


 それを確認して遠山は立ち上がり、あっさりと歩き出した。


 

「なんだ、軽いじゃないか」


 何をそんなに気にするんだという感じで遠山は口に出してしまうが、伊沢が「デリカシーなし男め」と、遠山の腹に裏拳した。


「だから、そういうの口に出すんじゃねーッス」

「……そういうものなんですか?」


「……ふふ。

 あ、ごめんなさい……」


 そのやり取りを聞いていた件の生徒は、思わず失笑した。


 2人の漫才は、どうも、お気に召したらしい。


 ふたりは顔を見合わせると、少しバツの悪い様子で、おとなしく保健室を目指した。

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