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 初めてこの扉を見た時、金庫を連想したことを、遠山は思い出していた。




 近未来の雰囲気を漂わせる重厚な扉は、いくつものダイヤルのような装置で、しっかりと鍵がかけられている。


 傍に備え付けられた液晶に、自身の警察手帳をかざした。

 ピピッとかすかな電子音。

 ダイヤル装置がひとりでに回り出し、そうして、全ての動きを停止させたところで、ようやく鍵が開いた。



(よし……。)


 少し埃っぽさを感じる室内には、所狭しと並べられた本棚があり、その中にもファイルやら文献などがぎっしりと隙間なく収められている。




 情報管理室。


 または、簡単に資料室ともいい、特殊捜査課では、主に怪異についての情報、事件記録などが、保管されている場所を指す。


 改めて情報を整理したいと考えている遠山には、まさにうってつけの場所だった。




 ____そう。


 彼は、事件をここで一度、整理してみることにしたのである。




 遠山は、隅で埃を被っていたホワイトボードを拝借し、5W 1Hの項目で事件の概要を書き出した。


 伊沢曰く、考えをまとめる時には5W 1Hは有効であるという。

 遠山もそこにはまったく異論がなかったので、彼の考えに倣うことにしたのだ。

 


 

【囘木市奇病V流行事件 概要】

 ①被害時期(When)

 :11月下旬から、12月現在に至るまでと推定されている。


 ②被害範囲(Where)

 :I県囘木市内。市外での報告は未だ無し。


 ③犯人(Who)

 :推定怪異であるが、どのような怪異かは不明。


 ④発生原因(Why)

 :不明


 ⑤被害内容(What)

 :課内で把握している限り、真咲みどりを含めた6名の被害者が、〝身体中から目玉が生える〟ようになった。


 ⑥どのように被害に遭遇するのか(How)

 :条件を満たす対象の前に、怪異らしき女性が出現した後、対象の身体中に目玉が生える。接触感染の可能性は無し。


 ⑦その他、気になるところ

 :老若男女バラバラで一見共通点のない被害者たちだが、「被害者たちにはなぜ自分たちが被害にあったのか自覚がある」から、怪異は無差別ではなく共通点がある可能性が高い。




 

「……そうか。どうして怪異が発生したのか、そこが未だにわかっていないのか」


 犯人の項目が未だに埋まらないのは当然として、遠山は不明と書かれたもうひとつの項目に注目した。



(この怪異が発生する引き金になったのは、なんだ?)


 怪異とは、人の願いに起因して生まれる存在だ。

 怪異は、一体どのような願いに反応して生まれたのか、遠山は思考を巡らせた。




(……被害者の共通点を仮に、仮に犯罪者だったとして、そもそもどうして犯罪者が狙われる?


 ……捕まえたい、罰を与えたい。

 ……罰を与えたいと考えるなんて、よほど正義感が強いのか?それとも……)




「もしかして、実害を受けた人間?」


 遠山は、被害者の中で特に素行が悪いと報告があった3名を捜査資料から抜き出した。


 この3名は被害者たちの中でも、近隣住人からは悪い意味で有名だと挙げられていた者たちだった。


 気になってはいたが、他の被害者たちの印象と合わせて共通点が見出せなかった為、関係ないだろうと判断してしまっていた。


 しかし、被害者達の共通点が〝誉められたものではない可能性が高い〟今は、それが寧ろ重要な足掛かりに思えた。



「…3人とも如月在住か。」


 囘木市の如月といえば、そこにある大きな商店街が有名である。



 近くに大型スーパーができたことで若い人の客足は遠のいているが、子供やご年配の憩いの場として、まだ活気があると、遠山は聞いたことがあった。



 3人も普段は大型スーパーの方を利用しており、そちらはすでに捜査官が調査済みである。


 対して、商店街の方も、被害者たちの自宅から散歩感覚で行ける距離だ。



(近隣からみた、被害者たちの印象を聞けるかもしれない。


 合流したら、協力者さん?……とやらに提案してみるか)




 時間もちょうど良かった。



 このあと、彼は件の協力者とやらと、現地で合流し、近隣中学校に調査に聞き込みに行く予定だ。


 行きがてら、昼食を摂ることを考えたら、そろそろ資料室を出たほうがいいだろう。



 簡単に、身支度を整える。


 片付け忘れもないことも確認し終えた遠山は、そこでようやく、協力者との待ち合わせ場所である、〝囘木市立弥生中学校〟に向かった。

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