情報整理

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「大変、申し訳ございませんでした」


 会議室には、広さに対して、ふたりしかいない。


 〝込み入った話になるから〟と、館の指示に従って、まず遠山が行ったのは昨日に関しての、謝罪だった。




「昨日の報告で聞いた限りにはなるが、あまり気にしなくていいと思うぞ。


 悪い奴じゃないが、アイツは、そういうところがある。

 今までも何人かと衝突してきたし、俺もよく分かっている」


「いえ、俺の態度は、人間としても、捜査官としても、相応しくない態度でした」



 衝突の理由を、遠山は〝自身の勝手〟が原因だと考えていた。


 譲れないものがあったのは間違いないが、それ以上に、伊沢に対して独りよがりな尊敬とイメージを押し付けていたことが、彼がうまく冷静になれなかった理由であると。


 自分勝手なものを押し付けられることが、どんなに迷惑なものであるか知っていた分、遠山は、自分がそれをしてしまっていたことに、自己嫌悪に陥っていた。



「確かに、お前の目的は、〝伊沢と協力を結ぶこと〟だった。

 私情、また、意見の相違があったという理由で、直情的になったのは、まぎれもなくお前の失態だよ。


 だが、それはそうとして、いくつか得られた情報があるのも事実だ。


 お前の自省できるところは確かに良いところではあるが、もう少し適切に判断するべきだ。


 自身の貢献を無視して、過度に己を責めるのは、自省じゃない。

 結果を端的に受け止めて、次何をすべきかよく考えることが、大事なんだ」


「はい……」



 館は優しい人だが、決して甘やかすことはしない人だ。


 時折、厳しい言葉を言うこともあるが、その指摘は必ず的を得ているものだった。

 そして、その多くが、相手の成長を助ける気付きになっている。


 成長を望む遠山は、今の指摘を胸に刻んだ。




「そういえば、ちゃんと詫びの品は渡せたのか?」


「……直接渡せる自信がなくて、非常識だとは思いましたが、手紙を添えて置いてきました」


「乱闘になるよりはマシな判断だな」


「アレに関しても、相談に乗って頂き、どんなにお礼を言ったらいいのか……」



 昨日あの後、館に相談の電話をかけたことを改めて思い出した。


 もう一生、この人にだけは何があっても足を向けて寝てはいけないだろう。



「気にするな。

 俺は大したことは何もしてないからな」



 館はそう言って笑っていたが、一呼吸置いたあとに、真面目な顔をした。



「では、改めて報告を聞こう。

 遠山刑事」


「はい」



 捜査会議のようだ。


 遠山も気を引き締めて、昨日の結果を改めて報告し始めた。


 なるべく抜けのないように、私情が入らないように、慎重に注意を払って。


 ……警察内部が云々の話は多少気まずくはあったが、遠山は、問題なく報告をし終えることができた。



「……流石にお見通しだな。」


 報告を聞き終えた館が呟く。



「伊沢の言う通りだ。


 今回の捜査には、どこからか圧力をかけられている。…というより、ここまでくると、最早完全な妨害と言った方が正しいな。


 恐らく、被害者たちの共通点が〝なにかやましいことである〟……なのも間違いないだろう」



 圧力が掛かったのは、捜査を始めてすぐのことであった。


 すぐに館が調べてみたところ、今年の11月下旬から12月上旬に至るまで、それなりの人数の受刑者が、秘密裏に入院していることが分かった。

 ……時期が怪異発生時期と丁度重なっていたことから、館は関連性があると考えたが、入院理由や場所を含めた一切の詳細が不明。


 捜査申請も却下され、動きに気づいたのか、ますます圧力が強まった。


 被害者の情報を照会することすらも、権限がないと突っぱねられてしまうらしい。



「……圧力をかけてるのは、簡単に言うと、〝正義感が暴走気味な奴ら〟でな。


 恐らく、被害が出た受刑者たちは皆【同じ犯罪者】だったんだろう。

 そう仮定した場合、全てに一応の説明がつく」


「同じ犯罪者という明確な共通点があったから、派閥は一足早く、怪異の特性を見抜けたんですね。

 刑務所となると、特殊捜査課よりも事態をいち早く把握するのは難しくありません」


「まぁ、それで二兎追いを試みるとは思いたくなかったが……。


 警察とはいえ、怪異捜査に携わる人間以外は上辺の知識しか知らされてないだろう。


 だから、危機感のない判断も、平気で出来ることに、俺たちも早く気づくべきだった」



 身をもって怪異の恐ろしさを知っていれば、怪異がそんな〝都合の良い存在〟ではないと理解しているだろう。


 そんな試みが成功するとは、館も到底思えなかった。


 伊沢の説明を聞いても、遠山もやはり、そこは納得がいっていない。



アイツ伊沢も、〝安全な怪異〟だとは本気では思ってないだろう。


 アイツが、一番それを分かってるはずだから……」


 真から伊沢を理解しているようだと、遠山は感じた。


 少なくとも遠山よりは理解していると思う。

 遠山の記憶が確かなら、2人は一緒に捜査官として過ごした仲だ。

 共に動くことも、決して少なくなかったらしい。



「とりあえず、圧力の件に関しては気にするな。

 上が駄目なら更にその上に直談判するだけだ。


 明らかに一連の圧力・妨害は処罰対象だろうからな


 一応ここのまとめ役ってことにはなっているんだ。こういう面倒な話は、俺に任せてくれよ。


 その代わり、お前にもお前にできることで、力を尽くしてほしい」


「勿論です。

 俺も、怪異捜査官ですから」



 しっかり応えた遠山に、館は期待しているぞと、肩をに手を置く。



「早速で悪いが、午後からの捜査は、協力者と一緒にふたりで行動してくれ」


「協力者……ですか?」


「なんでも、是非とも協力したいという人がいてな。


 ……少し変わった奴だが、変人はお前に手綱を握らせた方が、うまくいくのが分かったんでね」


「……手綱を握れる立場じゃないですし、握れた試しもないです」


「そうか?

 プロじゃなかったか?」


(俺さっき、昨日の話したよな?)


 流石に口には出さなかったが、遠山は一瞬不安になった。



「勿論無理強いはしないがどうする?」



「……ご期待に添えるか分かりませんが、俺なりにできることがしたいです。


 ご期待を今度こそ裏切らないよう、精一杯努めさせていただきます」


「そう、気負わなくていい。


 普段のお前からそう判断したんだ。

 普段のようにやってくれ」


「……はい!」




 (……普段からしてる、俺のできること)



 出来ることが、あるのではないだろうか。



 探る手が手帳に当たる。

 ふと、思い立ったことを、遠山は館に確認してみることにした。




「あの、情報管理室の使用は可能ですか?」

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