17
「あの、えっと」
「ひよっこくんスか?」
「遠山です」
すかさず、遠山が訂正する。
「……こちらは伊沢さんだ」
「よろしくッス」
「あ……、
少女はそう言って少しはにかんだ。
控えめな振る舞いと、か細い声は、大人しい印象を、ふたりに植え付けた。
「白石さんか」
「はい。
えっと……、遠山さんたちは、警察の人、なんですよ、ね?」
「そうだ」
「ちょっと調べものにね」
「そうですか」
この時、遠山は、ただ簡潔に返事をしようと努めていた。
生徒にも、話を聞きたいというのは、本心からであったが、いたずらに事を広めてしまった際、みどりの生活を壊してしまうかもしれない可能性も、遠山は危惧していた。
こういう返事をすると、話を広げづらいというのは、遠山も知っていた。
そんな、向こうの意図が透けて見えたのかもしれない。
それっきり、白石は、黙り込んでしまった。
……冷たかったかもしれない。
遠山は少し後悔したが、結局
「もうすぐ、着くぞ」
というだけにとどめた。
白石が何か言いたげにしていることに、ついぞ気づいたのは、伊沢だけであった。
「え?みどりくんですか。
別に、特に変わった子ではないですね。
強いて言うなら、忘れ物が少し多いことかな?
うーん……、まぁ、普段はおとなし子ですね。
あ、でも友達とはしゃいでしまって、何回か制服やジャージをドロドロにしたことがあります。
やはり、大人しくとも、活発な時期ではあるんですね。
まぁ、注意はしましたけど、そんな問題にするほどではないです。
何か悩んでいた様子は……、うーん、それこそ、特にはないですね。
友達と喧嘩をしてしまった時は何回か相談に来ましたけど、最近は特にないので、うまくいってるんだと思います」
……結局のところ、みどりの担任教師からも、有益な情報は得られそうになかった。
忘れ物をする、という意外な一面を知ることができても、それが捜査に関係あるかどうかと言われると、微妙なところだ。
遠山も早い段階で、特に情報がない気配を感じてはいたが、「それでも、もしかして」の気持ちが抜けず、ついつい、ねばろうとした。
しかし、伊沢がスパッと
「そうッスか。ありがとうございます」
と切りあげてしまったので、遠山は渋々職員室を後にするしかなかった。
「もう少し粘ろうとは思わなかったんですか」
「あれ以上は出ないと思うッスよ」
遠山の抗議を前にしても、伊沢は胡乱な態度を崩さなかった。
「というか、多分あれ以上出さないと思うッス」
「それでは、まるで何かを隠しているような言い回しじゃないですか」
伊沢はそれには返答しなかった。
ただ、いつものようにふざけることはなかった。
「担任の視点だからといって、みどりくんとやらの視点と全く一緒なんてこと、無いんじゃないんスか?」
遠山はそこに何か思うところがあった。
先ほど、白石と関わった時の違和感。
あの時、廊下には遠山達以外にも人はいたのに、誰も彼女に駆け寄ることはなかった。
いつものことだ、とでも言うように、誰もなにも、白石の方に興味を示していなかった。
穿った見方をすれば、担任の証言も、怪しくなってくる。
真咲みどりが大人しい少年だとしたら、大人しいもの同士として、共感できない点があった。
遠山は、大人しいということは、目立ちたくないという気持ちが、多少なりとも含まれていると、考えている。
目立つ行為は、いつだって線からはみ出るような行為だ。
果たして、本当に大人しい子が、何度も怒られても、めげずに平気で服を汚してくるだろうか。
「あの……」
か細い声が、ふたりの名前を遠慮がちに呼んだ。
遠山が振り返った先に、先ほど別れたはずの白石が、少し足を引きづりながら、ふたりの方に近づいてくるところだった。
「帰る前にって、思って。
よかった、間に合って……」
息を整えながら、白石は安堵したような表情を浮かべた。
伊沢は、彼女に目線を合わせるよう、少し屈んで、心配げに首を傾げた。
「足は、大丈夫ッスか?
この後、大変ッスよね」
「このあとは、テスト期間だから、早帰りなので……。
大丈夫です」
(なるほど、生徒が帰宅モードよろしくはしゃいでいるのは、それか)
と遠山はひとり納得する。
「お迎えは来てくれそうか?」
「あ、いえ。
両親は、共働きなので、歩いて帰ります」
「遠山くん、車で来た?」
「はい。
白石さん、家はどの辺りだ」
「え?
えっと、如月……如月商店街の近くです」
「お!偶然ッスね。
オレたちこの後そっちの方いくんスよ」
「乗り心地は保証しないが、良かったら送っていこう」
「え?!」
白石は驚いて声を上げた。
か細い声が大きく上擦った。
デジャブだった。
「そんなつもりでは……ご迷惑だし」
「でも白石さんは、警察のオレ達に何か話したいことがあるんスよね?
だから、追いかけてきたんでしょ?」
伊沢の言葉に、白石は微かに動揺した素振りを見せた。
遠山も、急な伊沢の発言に少し驚いたが、先ほど浮かんだ考えを思えば、意外というわけでもなかった。
白石は、少し躊躇ってから、頷いた。
「みどりくんのことですよね。遠山さん達が、調べに来たのって……」
やはり、何か心当たりがあったらしい。
遠山が無言で頷くと、白石は少し、泣きそうな顔で頭を下げた。
「お願いします。
なんでも話します、なんでも協力します」
だから、助けてくださいと白石は祈るように声を振り絞った。
「私のせいで、みどりくんは」
____いじめられてるんです。
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