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「あの、えっと」

 

「ひよっこくんスか?」

 

「遠山です」


 すかさず、遠山が訂正する。


「……こちらは伊沢さんだ」

 

「よろしくッス」

 

「あ……、白石シライシです」


 

 少女はそう言って少しはにかんだ。


 控えめな振る舞いと、か細い声は、大人しい印象を、ふたりに植え付けた。

 


「白石さんか」

 

「はい。


 えっと……、遠山さんたちは、警察の人、なんですよ、ね?」

 

「そうだ」

 

「ちょっと調べものにね」

 

「そうですか」



 この時、遠山は、ただ簡潔に返事をしようと努めていた。


 生徒にも、話を聞きたいというのは、本心からであったが、いたずらに事を広めてしまった際、みどりの生活を壊してしまうかもしれない可能性も、遠山は危惧していた。


 こういう返事をすると、話を広げづらいというのは、遠山も知っていた。

 

 そんな、向こうの意図が透けて見えたのかもしれない。


 それっきり、白石は、黙り込んでしまった。


 ……冷たかったかもしれない。


 遠山は少し後悔したが、結局


「もうすぐ、着くぞ」


 というだけにとどめた。



 白石が何か言いたげにしていることに、ついぞ気づいたのは、伊沢だけであった。

 


 




 

 

「え?みどりくんですか。

 

 別に、特に変わった子ではないですね。

 強いて言うなら、忘れ物が少し多いことかな?


 うーん……、まぁ、普段はおとなし子ですね。


 あ、でも友達とはしゃいでしまって、何回か制服やジャージをドロドロにしたことがあります。


 やはり、大人しくとも、活発な時期ではあるんですね。


 まぁ、注意はしましたけど、そんな問題にするほどではないです。

 

 何か悩んでいた様子は……、うーん、それこそ、特にはないですね。


 友達と喧嘩をしてしまった時は何回か相談に来ましたけど、最近は特にないので、うまくいってるんだと思います」

 




 ……結局のところ、みどりの担任教師からも、有益な情報は得られそうになかった。


 忘れ物をする、という意外な一面を知ることができても、それが捜査に関係あるかどうかと言われると、微妙なところだ。

 

 遠山も早い段階で、特に情報がない気配を感じてはいたが、「それでも、もしかして」の気持ちが抜けず、ついつい、ねばろうとした。

 

 しかし、伊沢がスパッと


「そうッスか。ありがとうございます」


 と切りあげてしまったので、遠山は渋々職員室を後にするしかなかった。



 

「もう少し粘ろうとは思わなかったんですか」

 

「あれ以上は出ないと思うッスよ」

 


 遠山の抗議を前にしても、伊沢は胡乱な態度を崩さなかった。


 

「というか、多分あれ以上出さないと思うッス」

 

「それでは、まるで何かを隠しているような言い回しじゃないですか」


 

 伊沢はそれには返答しなかった。


 ただ、いつものようにふざけることはなかった。


 

「担任の視点だからといって、みどりくんとやらの視点と全く一緒なんてこと、無いんじゃないんスか?」


 

 遠山はそこに何か思うところがあった。


 

 先ほど、白石と関わった時の違和感。


 あの時、廊下には遠山達以外にも人はいたのに、誰も彼女に駆け寄ることはなかった。


 いつものことだ、とでも言うように、誰もなにも、白石の方に興味を示していなかった。

 

 穿った見方をすれば、担任の証言も、怪しくなってくる。



 真咲みどりが大人しい少年だとしたら、大人しいもの同士として、共感できない点があった。



 遠山は、大人しいということは、目立ちたくないという気持ちが、多少なりとも含まれていると、考えている。

 

 目立つ行為は、いつだって線からはみ出るような行為だ。


 果たして、本当に大人しい子が、何度も怒られても、めげずに平気で服を汚してくるだろうか。


 

「あの……」

 

 か細い声が、ふたりの名前を遠慮がちに呼んだ。


 遠山が振り返った先に、先ほど別れたはずの白石が、少し足を引きづりながら、ふたりの方に近づいてくるところだった。

 


「帰る前にって、思って。

よかった、間に合って……」



 息を整えながら、白石は安堵したような表情を浮かべた。


 伊沢は、彼女に目線を合わせるよう、少し屈んで、心配げに首を傾げた。


 

「足は、大丈夫ッスか?

 この後、大変ッスよね」

 

「このあとは、テスト期間だから、早帰りなので……。

 大丈夫です」



(なるほど、生徒が帰宅モードよろしくはしゃいでいるのは、それか)


 と遠山はひとり納得する。


 

「お迎えは来てくれそうか?」

 

「あ、いえ。

 両親は、共働きなので、歩いて帰ります」

 

「遠山くん、車で来た?」

 

「はい。

 白石さん、家はどの辺りだ」

 

「え?

 えっと、如月……如月商店街の近くです」

 

「お!偶然ッスね。

 オレたちこの後そっちの方いくんスよ」

 

「乗り心地は保証しないが、良かったら送っていこう」

 

「え?!」


 

白石は驚いて声を上げた。

か細い声が大きく上擦った。


デジャブだった。


 

「そんなつもりでは……ご迷惑だし」


 

「でも白石さんは、警察のオレ達に何か話したいことがあるんスよね?

だから、追いかけてきたんでしょ?」


 

 伊沢の言葉に、白石は微かに動揺した素振りを見せた。


 遠山も、急な伊沢の発言に少し驚いたが、先ほど浮かんだ考えを思えば、意外というわけでもなかった。

 白石は、少し躊躇ってから、頷いた。

 


「みどりくんのことですよね。遠山さん達が、調べに来たのって……」


 

 やはり、何か心当たりがあったらしい。

 遠山が無言で頷くと、白石は少し、泣きそうな顔で頭を下げた。

 

「お願いします。

 なんでも話します、なんでも協力します」

 

 だから、助けてくださいと白石は祈るように声を振り絞った。

 

 

「私のせいで、みどりくんは」

 

 

____いじめられてるんです。

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