真っ当な提案、真っ当な衝突
10
「……フゥン、なるほど。
身体に目玉が生える、ねぇ」
一通り話を聞き終えた伊沢は、固まった身体をほぐすように伸びをした。
「情報が少なく、難航しています。
どうか、差し支えなければ、伊沢先生の見解をお聞きしたいです。」
「うわ、サブイボだった……。
先生はやめてくださいッス。
せめて〝伊沢さん〟で……、敬語もさっきみたいにタメで良いッスから」
「頼む立場でタメ口は流石に……」
「お堅いッスねぇ」
伊沢はケラケラ笑うと、ピッ、と指を1本立てた。
「じゃあお堅いひよっこくんに、見解を話す前に簡単な復習問題ッス」
「なんでしょう?」
「ズバリ、【怪異】とは、どのような存在でしょう? 」
「……基本的には、人間の想念を要因として発生する超自然現象を指します。
主に妖怪や都市伝説の怪物たちは、ここに当てはまります」
流石に現役捜査官という感じで、遠山は、すらすらと即答した。
ウン、ウンと満足そうに伊沢も頷く。
「ちょっと付け加えると、もうひとつ。
人知の及ばない、捕らわれない、もはや怪異と呼ぶしかないヤベェ存在を指す場合もあるッス。
まぁ、そんなの出たら、まずどうしようもないんで、ほぼほぼ人類の詰みだと思って諦めて良いッス。
怪異捜査官が扱うのは、今ひよっこくんが言った通り。
こっちもわからないことだらけッスけど、まぁ、人間でも対処できなくもない、なんとなくは把握している感じの存在ッス」
「改めて言葉にすると、本当に曖昧ですね……」
「まぁ、曖昧っていうのが、怪異の〝肝〟みたいなところあるし。
じゃあ、気を取り直して2問目~。
人間の想念から生まれる……とは言いますが、具体的にはどのように生まれるのでしょうか? 」
「……人間の強い願望とそれに伴うイメージから、姿と性質を得るとされています」
「まぁ、概ね正解ではあるッス。
具体性にはちょっと欠けるッスけどね。
アンタ、養成所時代の教科書丸ごと覚えてるっしょ?
そんで、要領が案外悪いタイプだとみた」
「……で、具体的にと言いますと?」
「あ、ハイ。
……まぁ、そうッスねぇ~。
例えば、今も昔も、小さな子供がひとりでどっか出かけようとしたりするのは、あんまり感心されない行為ッスよね?
特に親からすれば、気が気じゃないと思うッス。
でも、小さな子に、『怪我するから』とか、『危ないから』なんて言っても、あんまりピンとは来ないでしょ?
だから、親たちは子供が危険な目に合わないよう、必死に工夫するんスよ。
そう、例えば……『怖ぁい天狗が、ひとりぼっちの子供をさらってしまうんだ。』……とかね? 」
天狗の神隠し。
小さなこどもを、神隠ししてしまう天狗の話は、オーソドックスな怪談として、教訓譚としても有名な話である。
「見方を変えれば、その親たちには教訓として、天狗の存在が必要だったと、言えなくもないですね」
「妖怪系は教訓から生まれたものが多いッスけど、都市伝説系はもっと発生理由がシンプルな傾向にあるッス。
……単純に怖いもの見たさ。
刺激要因として求められた感じの事件が多いッスねぇ~。
あっ、ただ、この喩えで勘違いしないでほしいのが、決して怪異は人間の願いを叶えようとして生まれた訳ではないってことッスね。
まぁ、その辺話すと長くなるんで、今回は省略するケド」
話し続けて、喉が渇いたのだろう。
伊沢は、ずずっ……、とそこそこ大きな音を立てながら、ジュースを飲んだ。
「あの、この怪異の成り立ちが今回の事件に関係あるんですか?」
「そりゃもちのロン。
5W1Hは推理小説でも、プレゼンでも、……怪異捜査でもちゃーんと大事になってくるッス。
あ、doneシリーズでしたっけ?
まぁ、いいや。
今回もちゃんと、怪異が生まれた理由があるってことッスよ」
遠山は考える。
今までの定義を踏まえれば、此度の事件も、【誰かが願った結果】ということになる。
被害者は皆怯えていた。
ペーペー捜査官な遠山の勘は対して当てにならないが、被害者への聞き込みは、館を含めた他のベテラン捜査官たちも行っている。
被害者たちの様子を見守る医師や看護師もついている。
対人のエキスパートである彼らを騙すのは容易でないだろう。
勿論確信には嘘発見機でも持ち出すしかないだろうが、【被害者たちの怯えは本物である可能性が高い】、と言える。
となると、転じて、……〝よほどの変化球が来なければ〟という前提にはなるが、発生元となった想念は、被害者たちのものではない可能性が高いだろう。
「……被害者たち以外の、彼らを貶めようとしている誰かの悪意が、この事件の発端ということでしょうか?
あるいは、無差別の可能性もありますが」
「う~ん、悪意なんすかね?」
遠山の言葉に、伊沢は煮え切らない態度だ。
「そもそも、被害者たちは、本当にただの被害者……なんスかね?」
「……どういうことですか? 」
意図が分からず、遠山は疑問を投げ返した。
「怪異は、人の願いから生まれる不可思議な現象。
……このことから、怪異事件は人の心と同じように発生するッス。
理不尽か、はたまた【自業自得】か」
自業自得。
この言葉を発した時、伊沢の声は、先ほどまでの軽薄な感じとは一転して冷え切っていた。
「アンタも言ってたじゃないッスか。
『ニキビが出ても一大事なのに……。』って。
まぁ思春期の男女関係なく、人間は美容に気を遣う生き物ッスし、その上異端をひどく嫌うッス。
普通、そんな状況なら、血眼になって治そうとするだろうし、そんなところに専門機関が『頑張って治します。協力してください。』ってきたら、泣いて喜ぶでしょ。
全員が全員、その目玉にお洒落センス見出しちゃったんならまだしも、ひよっこくん曰く、本当に怯えてるみたいだし? 」
「でも、被害者たちは、そうじゃなかった。
皆、証言を拒んでいた」
「そうッスね。
多分、治したい気持ち以上に、本人たちに不都合なことがあったんでしょ。
被害者たちは、自分たちが、どうしてこんな目に遭っているのか分かっていて、その結果、皆黙り込むという結果を選んだ。
だって、それを知られることは、自分たちにとって今以上に、都合が悪いことだったから」
「怪異に脅されていた可能性もあります」
「だったら、変わり者くんに証言した人たちはやばいッスね。
その場合、多分証言した後、必死こいて泣きついたと思うんッスけど?」
「……今の所、そのような報告は受けていません」
「でしょうね」
つまりだ。
伊沢は、今の状況は、被害者の【自業自得】が招いているのだと、そう言っているのだ。
おそらくそれは、被害者たちが、怪異を直接生み出したというわけではなく。
……被害者たちが、何か良くないことをした影響が、今回の怪異発生を招いているのだと。
「まぁ、ひよっこくんとしてはショックかもしれないッスけど。
怪異捜査においてのこの手のケースは大して珍しくないッスよ。
……で、これを踏まえてアンタはどうするッスか?」
「どうするって……」
「ほら、これはオレの意見なんッスけど」
伊沢はまるでとても良いアイデアを提案するような、そんな、明るいテンションを見せた。
「今回は、このまま怪異を放っておいても、いいんじゃないッスかね?」
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