9
あの後も伊沢の行動は凄まじかった。
要約すれば『イケメン去るべし慈悲はない!!!! 』という内容を、謎の舞と共に遠山にぶつけたのだから、遠山は白目を剥きそうになった。
……つまり、この伊沢の奇声・奇行は、〝遠山が美形だった〟という、あんまりにもくだらない理由でおこなっている〝威嚇〟だというのだ。
(……そんな?
……そんな理由で? )
確かに、遠山は、すこぶる悪い目つきと無愛想すぎる態度さえ除けば、なかなかのイケメンである。
伊沢が妬み嫉み僻みに叫ぶのも仕方ないのかもしれないと思う程度に。
軽く焼けた肌の色に似合う、ガタイのいい長身の体は、鍛えているためスーツの上からでも分かる程度に引き締まっている。
その上、肝心の顔も、N国出身にしては珍しく彫りが深く、顔のパーツも見事な黄金比率におさまっている。
健康的な美を体現するところに、メガネというシンプルな装飾が加わることで、知的な印象も加わっているあたり、単純に容姿だけ評価すれば、遠山は無敵の性能を誇っている。
……とはいえ、遠山としては思いもよらぬ状況である。
思わず、頑張って用意した〝敬語の出来る社会人〟の仮面を脱ぎ捨てて、
「何言ってんだアンタ!? 」
と叫んでしまったが、伊沢は火に油を注がれた様子で
「なんなんだはこっちのセリフじゃこの若造がぁあああああ!!!! 」
とヒートアップするのだから収集がつかない。
あんまりなことに、遠山は一瞬撤退を考えたが、それはなんだかこの理不尽に負けた気がするし、一応仕事で来ている以上逃げられない。
しかも、遠山は伊沢の偏見攻撃にそろそろ耐えかねてきたので、この辺りで反撃することを決めてしまった。
一応、彼をフォローするなら、あんまりにも厄日にあたったので、正気じゃなかったのである。
「アンタにっ!!! 緊張しすぎて話せずに口下手すぎるのを不遜な態度だと取られて、目つきが悪すぎて『顔はいいけど遠山さんだけはないわ』と堂々と職場で陰口を叩かれ、【これでアナタも人気者♡】というネット記事に踊らされては、日々枕を濡らす俺の気持ちが……!!
俺の気持ちがわかるのか?! 言ってみろよ!!? 」
心はすでに泣いていた。
それでも、遠山は、伊沢の到底見過ごすことは出来ない誤解を、とくために全力を尽くしたのだ。
遠山自身、自分の容姿が優れているのは知っていた。
『顔はいいのにねぇ……』
とため息まじりに周りに言われまくったのだから、知っていた。
……そして、それら全てを帳消しにするほど、自身の内面と目つきに問題があるのもよく分かっていた。
職場では、誤解に誤解が重なって、職場で遠山にまともに接してくるのは、上司である館と、精々遠山を気に入っているらしい(?)ノアくらいしかいない。
遠山だって、顔で無双できるのなら、伊沢の言うようなギャルゲーでハーレムまではいかなくても、せめて職場での誤解が解けて、順風満帆な捜査官生活を送りたい。
……あと、普通に話せる友達と、コミュニケーション能力を俺にください。マジで。
冷静になれば決して負わなくてもいい心の傷を負った遠山に、伊沢も悲しそうに自らの胸に手を当ててうめいた。
「あ、ごめん。許した。
というかもう言わなくていいッスからね。
後半、特にオレに効く」
こうして、終戦は宣言された。
願わくば騒音被害で、近隣住民が通報していないことを願うしかない。
さて、そんな悲しき戦争を経て。
遠山或斗は、今、伊沢の自宅兼事務所にいた。
どうやら伊沢は、一階のスペースを、仕事場として使用しているらしい。
通されたソファに座って、視線だけで室内を見回してみる。
何かの専門書のようなものが各所に散らばり、壁には、メモや新聞記事の切り抜きが、セロハンテープでとめてある。
そのうちの一枚に目を通すと、どうやら怪異研究の内容についてまとめているようだった。
如何にも専門家らしい一面を見つけて、遠山は、先ほど折られかけた尊敬の念を辛うじて立て直すことが出来そうだった。
「はい、粗茶ッス」
「……どうも」
差し出されたペットボトルを、遠山はややぶっきらぼうに受け取った。
伊沢は、特にそれを気にする様子はなく、自身もフルーツ牛乳の紙パックにストローを刺した。
……先ほどのやり取りは、何かの間違いだと思いたい。
遠山は、胃痛のする腹をさすった。
「まさか、洋士が推した〝陰キャの遠山くん〟が、まさかアンタみたいなイケメンとは思わなかったッス。
あ、オレ、伊沢深泉。
誇り高き陰キャにして、一応怪異専門家もやってるッス」
「……存じ上げてます」
「いやぁ、ごめんごめん。
オレ人見知りで、しかもイケメン相手だと、反射的に威嚇しちゃうんッスよ。
まぁ、さっきの話聞いたら、君は紛れもなくオレの同志だってことが分かったんでよかったッスよぉ~」
「あの先程のことは誰にも言わないでくださいお願いします本当に……」
遠山は自分の先程の反撃を思い出し、伊沢に縋り付くような勢いで、口止めの懇願を行なった。
伊沢も思い出したようで、口の端がひくついた。
それほどまでに、先ほどのあれは、あまりにもむごい、争いだったのだ。
「……まぁ、お互い水に流しましょう! 」
「というか、俺は上司にも陰キャだと思われていたのか……」
「わぁお、それに気がついちゃうッスか?
じゃなくて!ほらっ、今日は陰キャ同好会開きに来たわけじゃないっしょ?
仕事の話に来たんじゃないッスかぁ!
同志のよしみッス。
お詫びも兼ねてなんでもアドバイスするッス!! 」
「そうですか。
では本題に入らせていただきますね」
遠山は、言質取ったぞと言わんばかりに、スッ…と書類とメモを取り出した。
「急にスンッ……ってするじゃん。
スイッチの切り替え早くない??」
「すごい喜んでますよ。
ほら、俺の表情筋が、今日一番に緩んでいますから」
「あらやだ、ガッチガチ…。
じゃなくって……、アンタ意外と天然ボケ?
オレツッコミキャラじゃないんだけどな……」
先ほどまで振り回す側だった伊沢は、一転して、今度は遠山に振り回されている。
マイペースにマイペースをぶつけると、その時よりマイペースな方が、場の主導権を握るのだ。
伊沢は、遠山の様子に、館の思惑を早くも見抜いた。
思わず、頭を掻く。
「……まぁ、いいや。
じゃあ、本題をどうぞ?」
肩をすくめながら、伊沢は相手に続きを促した。
遠山は頷いて、続きを話し始める。
「ありがとうございます。
事件は、一週間前の、一件の通報から始まりました」
そうして、遠山は、この怪異専門家に、ようやく本題の詳細を語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます