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 ……女を見た。

 


 新たな証言に会議室の空気が変わる。

 それを気にもせず、ノアはマイペースに話を続ける。

 

 被害者は、不審な女性とあった後に、身体中から目が生えたと証言したそうだ。


 着物を着た兎に角露出のない女性で、頭から布を被っていたため、顔もよくわからなかったらしいが。


 

「この不審人物が、怪異と見て間違いなさそうだな」

 

 館は頷くと、このように突っ込んだ。


 

「ところで、お前は被害者の聞き込み班とは別だったよな? 」

 

「だって、〝新人くん〟が難航してたからさ。

 先輩として、ここはいいところ見せなきゃと思ってね。

 ね、弟? 」


「……だんまりだった相手が、よく口を割ったな」


「我が身が可愛かったのかもしれないねぇ。

 ね、弟もそうだって、いってるよ? 」

 

「……お前なぁ。

 ……そこら辺、後で確認するとして。

 まぁ、いい。遠山も座っていいぞ」

 


 呆れたような声を出したがお咎めはなしらしい。

 もう、言っても治らないからな。

 いつのことか、館は遠山に話していた。

 

 曰く、天才は適度に野放しにしておいた方が、良い働きをするのだ、と。


 ノアは齢16歳という、歴代初の未成年の捜査官だった。


 この異例の採用が、ノアの持つ〝怪異捜査官としての才能〟を裏付けていた。

 流石に公的に認めてしまうのは色々まずいので、表向きには警察署の清掃アルバイト……ということになっているらしい。

 


 ノアはどういう訳か、遠山によく絡んでいた。


 年齢はともかく、ノアの方が捜査官としては圧倒的に先輩である。

 その為、ノアは遠山を〝後輩くん〟と呼び、遠山はノアの希望で、名前をとって〝ノアさん〟と呼んでいた。


 館は、ノアなりに遠山を先輩として可愛がっているのだ、と笑っていたが。

 悪いとは思いながらも、トリッキーすぎるノアが、遠山は少し苦手だった。


 とはいえ、そのノアのお陰で進展の兆しが見えたのは間違いない。

 褒められないところも多いのが残念ではあるが、一応。

 遠山はノアと、彼の弟だという影に向かって、軽く二度、お辞儀をした。

 ノアは、それを見てふわりと花が咲くような笑みを浮かべ、遠山に小さく手を振っていた。


 

 さて、と二班のまとめ役が手を叩く。


「怪異はただでさえ、監視カメラに映らず、その上、今回は極端に証言が少ない。だが、進展がしていない訳じゃない。


 古くさいと言われがちだが、地道な捜査が怪異には一番有効だ。

 

 事件解決のために、この後も、全員捜査にはげむように! 」


 館の喝に、皆大きく返事をした。

 それぞれの割り当てられた役目を完遂すべく立ち上がる。



 遠山もまた、担当である聞き込み調査に合流すべく荷物をまとめていると、いつの間にか近くに来ていたのか、館が「まて、遠山」と声をかけた。



「お前、この後は? 」

 

「砂川さんと被害者の足取りに沿って聞き込み調査です」

 

「急で悪いが、予定変更だ。

 砂川には俺から話しておく」

 

「はぁ……? 」


 

 話がみえない。


 内心遠山は慌てた。

 ここ数日、自分は碌な成果を上げていないことは自覚していたが、ひょっとすると、足手纏いと判断されたのでは?


 ……意外と、遠山は自分のことに関しては、後ろ向きに考える癖がある。この一瞬でクビまでのルートが見えた。

 現実的に考えれば、それはあり得ないのだが。


 

「お前に任せたいことができたんだよ。というか、今の課内でお前にしか任せられない仕事ができちまった」

 

 館は遠山の不安を速攻否定すると、住所を記したメモを手渡す。

 

 〒OOO-OOOO

 T県囘木市弥生まだら団地OO-OO-O

 メゾン・奇々怪々 404号室 

 

 (実家の近所だ……)

 住所を見た遠山の第一の感想だった。


 

「ここに住んでる専門家に、今回の事件の見解を聞いてこい。もし、できれば、捜査協力を取り付けて欲しいんだ」

 

「俺が…ですか? 」


 経験の浅く、コミュニケーションも不得手な自分に、こういう役回りはあまり向いていないだろう。

 この手の判断で館を疑うわけではないが、意外な采配に遠山は驚いていた。


 

「そうだな……。

 念の為に聞くが、お前……。

 恋人は今、いないな? 」

 

「嫁がいますが」

 

「あぁ、あの二次元のな」

 

「〝超遠距離円満別居生活〟です。

 ……あの、この質問なんですか? 」

 

「あぁ、必須事項なんだよ」

 

(……必須事項???)

 


 遠山の常識がハリセンを持ってアップを始めたが、すんでのところで飲み込んだ。

 会議室で上司と漫才をする趣味は、遠山にはなかった。

 なお、遠山にもツッコミどころ満載な発言があったが、本人の自覚がない為、館は持ち前のスルースキルで流した。

 

 

「かつて、怪異捜査において大きく貢献をしながら、今は捜査官を辞職し、怪異専門家をやっている。

 

 ……伊沢 深泉。


 お前も、名前くらいは知ってるんだろう?」


 

 いざわ……?

 ……いざわ、しんせん!?

 

 遠山が勢いよく顔を上げた。

 館は、悪戯が成功したような子供のような、意地の悪い笑みを浮かべている。


 居心地が悪くなった遠山は、つい自分がメガネに触れていることに気がついて、フレームあげを装うことで誤魔化そうとした。


 

「知ってるなんてもんじゃないの、アンタも知ってるでしょう……」


 

 動揺のあまり思わず遠山の口調がくだけたものになる。

 

 伊沢深泉。


 かつて、怪異【明け星】の管理を任され、さまざまな事件において解決に導く大きな働きをした凄腕捜査官。


 【最悪の事件】の生き残りで、それを理由に、捜査官を辞職したという。

 

 そして、

 

 その人こそが、遠山が怪異捜査官を志す、きっかけになった人だった。

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