6

 

 次の日には、すでに刑事特殊捜査課では、二班によって捜査本部が立ち上げられていた。




 警察医の判断も踏まえて、当案件は怪異のものと断定され、【囘木市奇病Ⅴ流行事件】として扱われることになった。


(ちなみにⅤとは、過去の類似事件と区別するための、ナンバリングである)

 

 通報自体は鹿嶋クリニックが最初だったが、調べてみたところ、同様の症状で病院にかかったものが、他にも多数いたことが判明した。

 

 全身を、奇妙な「目」に蝕まれる。

 怪異捜査官として、到底見過ごすことのできない案件だ。

 遠山を含めて、捜査官は事件解決に奮闘していた。

 


 ……そして、一週間が経過した。


 

「館警部のご指摘のもと、囘木市の教育機関や会社を中心に調べてみたところ、ある時期から、生徒や社員の無断欠席が増加していることが判明しました。


 いずれも皆復帰する様子はなく、連絡もつきません。また、被害者たちが症状を訴え始めた時期と合致していることもわかっています」

 


 何度目かの捜査会議。


 普段は例えおちゃらけているようなひとも、今はピシリと背筋を伸ばしている。

 遠山は相変わらずの記録魔で、資料の隅をメモ代わりにするために、今や白いところもなくびっちりしてしまっている。

 

 前回の会議で、館は、被害者は実際にはもっといる可能性を指摘していたが、どうやらそれは正しかったようだ。

 


「そうか。

 被害はやはり、我々の把握している以上に囘木市全体に広がりつつある、と考えた方が無難だな。

 

 さて、被害者の情報はどうだ?

 遠山」

 

「はい」

 

 名指しを受けた遠山は、メモをやめて席を立ち、報告を始めた。

 


「昨日、第一通報被害者・真咲マサキ みどりに、もう一度聞き込みを行おうとしましたが、被害者は面会を再び拒否。


 そのため、担当医と看護師に話を伺いました。

 

 被害者が以前抉った部位の眼球が再び再生していたこと以外は、特に症状の変動はありません。

 しかし、傷つけたり抉ったりしたことで眼球が再生することはあっても、それ以外で眼球が増減する様子は今の所ありませんでした。

 

 他の被害者の聞き込みにあたった捜査官の報告も、概ね同様です」

 

「そうか、今回も駄目だったか……」

 


 館が少し遠い目をする。

 内心では頭を抱えているのだろう。

 遠山は密かに下唇を噛んだ。

 

 ……お気付きの通り、捜査は難航していた。

 不思議なことに、被害者が捜査に非協力的だったのだ。

 

 被害者の聞き込みをしても、事件発覚時の行動を聞いてもほとんど要領を得ず、心あたりを聞いても「わからない」と皆口を閉ざした。

 

 ただでさえ、被害者は皆性別も年代もバラバラで、共通点は特に見つからない。

 他の捜査官による、「何人かは地元でも素行が良くないと、悪名で有名だった」…という報告は気になる点ではあるが、他の人は至って普通の感じだった。


 遠山の目線では、人の良さそうな印象や控えめな印象が多かったように思う。


 

 ふと、真咲一家のことが、遠山の頭をよぎった。


 事情を説明する際、少しではあるが、遠山はみどり少年の身の上を聞いた。

 なんでも、真咲一家は北国のH県から、転勤を理由に、今年の夏、この辺りに引っ越してきたばかりであったらしい。

 

 みどり少年は同年代の子供の中でも非常におとなしい気質のようで、なかなか新しい学校に馴染むのに苦労した。

 けれど、ようやく、最近はどろんこになるまで遊んで帰ってくるほど、友達と活発な生活を送っていたのだと、母親は涙ながらに語った。

 

 写真を見せてもらったとき、再び、遠山は胸を締め付けられたのを覚えている。

 父親の待受の中で、母親と、おそらく愛犬であろうゴールデンレトリバーと、…家族に挟まれて幸せそうに笑う、小柄な男の子。

 

 

(……いけない。

 事件を解決するためには、同情ではなく、捜査情報に集中しなければ)

 

 悪癖に気づいて、遠山は思考を打ち消した。 

 ……自身の情報は以上だ。

 席に座るために椅子をひいた。

 

 そこで、遠山の着席を阻止するが如く。

 間延びした声が会議室に響いた。


 

「でも、気になることを言っていた人もいたよ。

 ね、弟」

 

 

 椅子にも座らず、手もあげず、かといって立ち上がることもせず。


 アルビノの捜査官、法何ホウカ ノアは、地べたに座り込んだまま、自身の影に向かって、話しかけている。


 ……この、影を弟と呼んで話しかけるように会話する姿は、もはや特殊捜査課ではお約束の光景だった。

 


 遠山は訝しげにノアを見て、次に館を見た。館は慣れたようなもので、


「気になること、とは? 」


とノアに続きを促した。

 



「女を見たんだってさ」

 

 なんでもないことのようにノアは言った。

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