5

 患者の身体中に、目が生えていた。


 鹿嶋は確かにそう言った。

 


「目、ですか? 」


 遠山は思わず聞き返した。


 なお、遠山の身長は180cmもある。

 それが、より相手の話を聞こうと身を傾けるだけで、相手は十分威圧される。


 加えて目つきが恐ろしく悪い。



 鹿嶋は、

「信じ難いとは思いますが……。」

 と遠山の視線に萎縮したような反応を返す。


 その様子を見て、館が諫めるように、軽く遠山の服の裾を引っ張った。


 

「すみません。コイツかなりの近眼で、目つきが元々悪いんです。

 別に怒っているわけでも、貴方のことを疑っているわけでもありませんよ。」

 

「は、はぁ……。あ、よければこちらもご覧ください。」



 鹿嶋は元々持っていた資料をふたりに手渡す。

 ホッチキス留めされた資料に目を通すと、どうやら、診断内容を軽くまとめてくれていたようだった。 

 鹿嶋の手描きの図解もそえられている。

 


 ……内容によれば、患者は、13歳男子。


 簡単な人間のシルエットの全体に、本来描かれることのない位置であるにもかかわらず、目のマークがびっちりと描かれていた。


 体の満遍なく目がでているが、手と腹のあたりが特にひどいらしい。


(……この年頃の子は、ニキビができただけでも、辛いはずだろうに。)

 

 遠山は被害者の子の心境を察して、顔を僅かに顰めた。

 


「本当は、皆様にとっては、写真の方が良いでしょうが、本人がひどく嫌がったので……。

 ……その、患者さんが今一番精神的に辛いでしょうから」

 

「ええ、わかっています。

 ご丁寧にありがとうございます。


 ……この資料、いただいても?

 あと、いくつか質問は可能でしょうか? 」

 

「はい。構いません」


 では、と館は率直な疑問を医師にぶつけた。



「被害者の体に目が生えている……とのことでしたが、それは目にそっくりなできものという比喩表現でしょうか? 」

 

「だとしたら、通報は渋っていたかもしれません。

 ただそっくりなだけのできものなら、警察ではなく、その道の権威に電話をかけたでしょう。」

 

 館の手元の資料を指さして、医師は話を続けた。


 

「これらのできものは間違いなく、我々の眼球と同じ構造をしています。


 水晶体も角膜も、視神経も、その他全てのつくりが眼球同様に存在していました。

 皮膚も瞼のように変形していて、時折瞬きさえもするのです。」

 

「……瞼も水晶体も、……〝視神経〟も、ですか? 」

 

「……実は、患者さんが、どうやら、眼球のいくつかを自身で抉ってしまったようでして。

 そのうちのひとつを、見せてくれました。

 

 ……抉った部分がひどく化膿してしまっていて、痛かったでしょうに。

 どうやら、ご家族にバレないよう、数日そのまま引きこもっていたようなんです。

 

 ここへ連れてきたのは、焦れた親御さんが、患者さんのトイレに行くタイミングで引っ張り出したためだそうでして……。」


 

 思い出したのか、鹿嶋は目線を下げた。

 医者として、決してあからさまではないが、辛そうだと、遠山は感じた。


「そうでしたか……。

 ちなみに、以前から患者さんが何かしらの皮膚病に悩んでいた様子は? 」

 

「私が伺った限りではないようです。

 

 ……というのも、患者さんが当院にいらっしゃったのは今回が2回目なんです。

 それでも、前回の診察の時点では特に気になる様子はなかったと思います。」

 

「なるほど……」

 

「……館さん。

 やはり、警察医も呼びますか? 」


 遠山が耳打ちをすると、館は少し考えてから頷いた。

 それを受けて、遠山は速やかに手配の準備を進める。

 

 

「……私達が被害者に会うことは可能でしょうか? 」

 

 警察医の要請を終えた遠山が、そう質問すると、鹿嶋はゆっくりと首を振った。

 

「ご家族にも会いたくない様子でして…。

 先程の診断も、治療のためと説得してようやく……。

 他人の目を、酷く恐れているようなんです。」

 

「無理もありません。」

 

 と館は同情的だ。


 

「今、警察医が向かっています。

 警察医が改めて診察し、おそらくはそのまま専門機関への転院を勧めるでしょう。


 ご家族へは、私共からお話させていただきます。」

 

「そうですか。……どうか、よろしくお願いします。」

 


 その時だった。

 

 ふと、遠山は鹿嶋の後ろ、病室の扉に視線をうつした。


 誰かに見られているような、そんな気配を感じたのである。

 目線の先では、クリーム色の扉から、薄く闇がのぞいている。

 ……どうやら、扉が少し開いている様子だった。

 

 病院でよくある引戸の大半は、開け放しているならともかく、あの程度の薄開きだと、支えでもしない限りは、勝手に閉まるようになっている。

 


 違和感に引き込まれるようにして、遠山は薄開きの向こうを、じっと見つめた。

 

 少しの間。

 闇の向こうで、何かが耐えかねたように、みじろぎした。

 

____【目】が、あった。

 

 

 ……瞬間、薄闇の気配は姿を消した。

 支えを失った扉は、カツ、カツ……と音を立てて、閉まった。


 館も鹿嶋も音を辿って、病室に顔を向けた。


「……あの病室は? 」

 

「……件の患者さんが、今、休まれているところです。」

 

 ほんの一瞬だけ見えた、目玉が生えた腕。


 ……酷く傷つき、怯えた表情の少年の顔が、遠山の心を締め付けていた。

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