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 一週間前。


 寒さゆえにすっかり息は白く染まり、行き交う人は皆コートなどで厚着をしている、12月某日。


 その日、一件の通報を受けた遠山は、先輩捜査官のダテ 洋士ヒロシと共に、市内の病院のひとつ、鹿嶋クリニックに駆けつけた。



 

 特に皮膚科で有名なそこは、実家の近くということで、彼もお世話になったことがある。

 人の良さそうな、あのお婆ちゃん院長の顔を思い出して、複雑な気持ちになった。


 怪異は、自分たちの身近にいつも潜んでいるのだと、嫌でも思い知らされるようだった。


(……できれば、仕事で来たくなかった)

 

 覚悟はしていたが、それでも、気持ちはやはり暗くなる。



 そんな遠山をよそに、館は裏口を数回、ノックした。

 慌てて、遠山は姿勢を正し、気持ちを切り替えるように努める。

 

 ……この、遠山の一連の行動は、彼の表情筋がニートということもあって、側から見ると、背筋が多少伸び縮みした……位にしか変化が読み取れない。

 しかし、流石は経験豊富なベテラン捜査官というべきか。館はちらりと遠山を見て苦笑し、


「気負いすぎるなよ?」


 と背中を軽く叩いた。

 遠山は、照れくさくなって、少し下を向いて、頷いた。



 そうこうしているわずかな間に、看護師によって扉が開かれた。

 どこか浮かない顔の相手に、ふたりは警察手帳を出して、身分をしっかり明かした。


「刑事特殊捜査課より、通報を受けて参りました。

 状況の方を、確認させてください」


 看護師は、やはり暗い面持ちで頷くと、


「こちらです」


 と、ふたりを室内に通した。



 ……ここで、【刑事特殊捜査課】、および、【怪異捜査官】について、簡単に説明しよう。


 実を言うと、N国において【怪異】という存在が認められたのは、ここ数十年という、ほんの最近の出来事であった。


 何を用いても、どうしても説明がつけられない、超自然的現象が存在すること。

 その事実から、長らく目を背け続けたN国であったが、被害者の急激な増加によって、ようやく対処へと動き出した。



 しかし、時代は科学である。

 

 そのまま怪異の存在を公表したところで、国民が信じるとは思い難い。

 まして、怪異というものの性質上、その存在を広めるという行為に関しては、特に慎重に判断しなくてはならない。


 故に、国は、有効な対処法を確立するまで、警察内部にある組織を試験的に導入することで対応した。


 それが刑事特殊捜査課である。

 


 今はまだ、警視庁と一部の警察署にしか配置されていないが、何もしていなかった時代と比べれば、多大な進歩と言えるだろう。


 ちなみに、課は二人の警部を筆頭に班分けされており、遠山は、館が率いる〝二班〟に所属している。



 さて、その怪異捜査官たちが派遣されたということは、今回も普通でないことが起きたのは間違いない。

 


 室内は病院特有の清潔感で満ちている。

 古びた外装に反し、中は意外と新築のように綺麗で今風だ。

 リフォームでもしたのかもしれない。


 ……案内された廊下の先に、医者らしき若い男性が立っていた。

 物々しい雰囲気の男ふたりを見ても、平静を装っている。

 しかし、……内心動揺はしているのだろう。時折変に目が泳いでいる。


 怪異の目撃者は大抵の場合このような感じだ。

 今までの常識をぶち壊されるのだから仕方がないのだろう。

とは、遠山の見解である。



 彼は、名前を鹿嶋カシマ 春樹ハルキと名乗った。

 遠山は知らなかったのだが、彼の記憶にあるあのベテラン医師は、すでに引退したらしい。

 現在この病院は、息子である彼が運営していた。


「看護師に通報を指示したのは私です。

 以前、医師会の方で、このような状況の際には、必ず警察の特殊捜査課に連絡するよう、通達があったものですから……」

 

「ありがとうございます。

 では、早速ですが、お話を伺っても?」



 鹿嶋が頷いたのを見て、遠山もメモを取り出した。


(……あまさず、聞き取ろう)


 意図せず鋭くなった目つきに、先ほどふたりを案内した看護師が「ひっ」と小さく悲鳴をあげたが、幸い(?)当人は気がつかなかった。

 


「件の患者さんは、本日の、午後の診察にいらっしゃったんです。今日は平日というのもあって、当院もあまり混んでおらず、すぐに診ることが出来ました」


 看護師も横から話を付け加える。

 

「14時ごろに患者さんのお母様からお電話がありまして……。

 なんでも、息子さんに変なできものが出来たから先生にすぐに診てほしいと。


 ただのできものにしては、気が随分と動転した様子だったので、変だなって……。

 一応先生にも内容をお伝えしたんです。

 

 病院にいらしたのは、多分、……その30分後だったと思います」


 

 それで?

 と館は目で続きを促した。

 

 鹿嶋は、ふぅっ……と一呼吸おいてから、ようやく覚悟したように、はっきりとした口調で言った。

 


「単刀直入に言います。


 普通のできものでは、ありませんでした。

 いや、できものというのも変な話かもしれません。

 

 【目】です。

 

 患者さんの身体に、びっちりと目が、生えていたんです」

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