第4話

やっぱり夏は嫌いだ。

家の中にいるだけで暑くて敵わない。

さっき食べたパピコの空は机に広がっていて、見ているだけでどこか寂しい気持ちになる。

そんな8月も、今日で終わり。

この後どうしようか。

そうやって将来を最近毎日考えている。

友達はついにいなくなったし、もちろん頼るあてもない。

ここからは、本当に自分一人でなんとか生きていくしかない。

私は今日で17歳になるのだ。

今朝SNSを見ていたら、女子高生がセブンティーンは無敵だ、と歌って踊っていた。

彼女らの生きるセブンティーンと、私はだいぶかけ離れているかもしれないが、私だって無敵だと信じたい。

実際無敵だから、あんな事だってできたのだ。

…あの時はまだ16歳か。でもたった1か月前だし、ほぼ17歳みたいなもんだったから無敵だったんだと思う。

あの後、学校から再度連絡があり、後日私は一人校長室に呼ばれた。

行けば担任の加藤先生と校長、教頭がいた。

警察沙汰やら何やら言われると思っていたが、まず彼等は、私の学校在籍をこれ以上認めない、と言った。

というのも学校には、特別処置として私の籍を置かせてもらっていた。

あっちも私の親の件は把握してるし、病気やなんやら言えば、なんとでも大丈夫だった。

しかし、肝心ないじめの事はどうやら知らなかったみたいで、全部思いっきり言ってやった。

加藤先生は私の前で教頭から詰められていたが、知らなかったの一点張りだった。

翌日学校から電話がかかってきて、今回の件は穏便に済ます、と言われた。

私の在籍も、引き続き認めると言われ、代わりに今回の件は口外しないよう釘を刺された。

結局のところ、いじめが問題になるのが嫌で学校は完全にこの件を揉み消したんだ。


この部屋は、扇風機しかないから本当に暑い。

一人暮らしをしたら絶対にクーラーがついた部屋に住むと決めている。

そのためにも自立のためにも、バイトを始めなければ。

でもこのままの学歴だと中卒扱いになる。そうなるとやっぱり通信で高校に行くのを考えるしかないのか。

というか、高校にまた行くのも…


ピンポーン


インターフォンが鳴った。

誰だ。

宗教関連とセールスは、断りの紙を貼っているはず。

居留守を装うためにも、そーっと覗き窓から確認する。

え…。

私はドアを開けた。

バッグを背負い制服姿の男。

「久しぶり」

「どうしたの?」

彼は私の顔を見るなりニッと笑った。

「誕生日だから会いに来た」

「…よく覚えてたね」

「誕生日おめでとう」

パンッ!

クラッカーが鳴った。

「ごめん…近所迷惑だった?」

「やっといて先に謝るのはナシじゃない?」

彼は、ははと笑った。

「とりあえず中入る?」

「そうしてもらうと、ありがたい」

友達を家に入れるのはあれで、最初で最後だと思っていたのに。

私と彼は机を挟んで向かい合った。

「本当に何で来たの?」

「椎木さ、自分の誕生日は、祝ってもらえないとか言ってたよね」

「だから来たの?」

「君の親の代わりにね」

「なんか、ありがとう」

「あとはあの後の報告」

「え」

彼はふと机に広がったパピコを見た。

片付けるのを忘れていた。恥ずかしい。

「ごめん。さっき食べっぱなしで」

「前みたいになんでも片づけないからだよ」

彼は笑った。

「悟、性格、前より明るくなったみたい」

「そんなことないよ。学校では全然。でも親友の前だけは素の僕でいることにした」

ちょっと嬉しい。

まだ親友だと思ってくれていた事に嬉しくなった。

「というか僕のライン消したでしょ?」

「うん。迷惑かけないように」

「どうりで送れないわけだ。」

彼は少し怒った素振りをした。

「その、報告って?」

「あの後どうなったか知りたくない?あの教室のこととか、…僕の処分についてとか」

「どういうこと?」

「あの日の翌日、僕もやりましたって学校に言ったんだ」

信じられなかった。

彼まで被害を被ってしまうのに、なぜわざわざ言ったのか。

「でも私だって、あの後校長室呼ばれて全部一人でやりましたって言ったよ」

「その時さ、いじめの件とか言った?」

「うん。もう全部言っちゃった」

「そっか。だからその後あいつらの態度が急変して、僕の処分も甘くなったんだ」

「学校はいじめを揉み消したってことだよね?」

「そうなるね。まぁ処分が甘くなったって言ったって、親呼ばれて謹慎処分だとか言われて大変だったんだから」

「そんな事わかってたのに、なんで君までやった事にしたの?」

「だって僕らの戦いだったじゃん」

彼はどこか満足していそうな口調だった。

彼はそう言えば、と言ってバッグから何やらノートを取り出した。

それはピンク色のcampusノートで、表題のところには「青色計画2」と書いてある。

「なにそれ」

「夏休みの後、椎木がまた学校にいけるようになるための計画」

「私のやつの、パクリじゃん」

私達は笑った。

嬉しかった。

「さっそく中身見る?」

「ううん、今はとりあえずあの後が知りたい」

「そう。じゃあこれは君がポテトチップスを運んできてくれたら見せよう」

「前来た時、君ポテチ全然食べなかったじゃん」

「そりゃいきなり女子の部屋来て、無神経にぼりぼり食ってたらキモイでしょ」

「ハハハ」

部屋に私達の笑い声が響いた。

「教えて、あの後」

「もちろん。どこから話そうか」

「そんなに長いの?」

「そりゃ大きい事したからね」

私は思わず笑ってしまった。

彼も笑った。

「じゃあ、まずさ…」

ワクワクした顔で話し始める彼。


…私は、私のこれからの将来とかこの先どんな事が起きるか不安で仕方ない。

でもとりあえず今は、彼の話を聞いてその後また考えればいいと思った。

窓越しにセミの鳴き声がする。

「ちょっとなつみさん?聞いてます?また感傷に浸って、気取ってる?」

「気取ってるかも」

「演技でした、でしょ」

「そうだ、忘れてた」

私達はまた笑い合った。

あぁ今が楽しい。

楽しいと思えた。



「ねぇ」

「何?」

「これからって楽しいと思う?」

彼は一瞬考え込んだ様子ですぐ言った。

「結局色々あって一応…楽しくなるんだと思う。君は?」

「楽しい!…と思うことにした」

彼はいいね、と言ってわざとらしく笑ってみせた。

その笑顔は慣れてないのか、なんだかぎこちない。

「ほら、早く話してよ」

「君がさっきから聞いてないんでしょ」

「私が演技で聞いてるフリしていたの、わからなかったでしょ」

「バレバレな演技だよ。君ずっと上の空だし」

「さすが親友〜」

「まぁね」

私達は笑い合った。

楽しい。


なんだ。


案外悪くないじゃん、夏。


案外悪くないじゃん、私。


案外悪くないかも、これから。

そう思いたい、そう思えるかも。

いや、そう思うことにした。


<了>

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青色計画 夏場 @ito18

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