時のコカリナ番外編・短編集

遊馬友仁

土曜日の悲劇

 枕元のスマホの待受けを確認すると、時刻はすでに土曜の昼過ぎ――――――。

 前夜、ワールドカップの熱戦を最後まで視聴し、日の出の時刻近くまで床につけなかったオレは、寝起きで冴えない頭をかきながら、ベッドを抜け出して、階下のリビングに向かう。

 静寂に包まれた我が家の様子から予想したとおり、両親は不在だった。


《ことし最後の紅葉狩りに行ってきます。お昼はテキトーに食べておいて》


 ダイニングテーブルには、母親の字で書かれたメモが置かれている。


「高校生の息子を放ったらかしで、自分たちは行楽か……」


 愚痴のようにつぶやくが、男子高校生の自分にとって、両親不在の昼食というのは、決して悪いものではない。


 今日のランチは、遠慮なく、好きにさせてもらおう――――――。


 そう考えて、キッチンの食料の確認を行うと、インスタント麺や缶詰めなどを保管する戸棚には、カップ焼きそばとツナ缶が、冷蔵庫には、ロールパンが二個残っていた。

 ようやく日常の動きを取り戻した脳内器官を数秒はたらかせると、頭に浮かんだメニューに腹の虫が鳴り出し、準備に取り掛かる。

 ダイニングに置かれたポットの湯を再沸騰させる間に、冷蔵庫から取り出したロールパンに切り込みを入れて、トースターに放り込み、低温でジックリ焼き上げる設定をセット。

 カップ焼きそばの蓋を開け、ソースと具材、青のりを取り出しておく。

 続いて、ツナ缶を開封して、コンロに置かれたままのフライパンにシーチキンをぶち込んだ。

 すると、ちょうど良いタイミングでポットの再沸騰が完了。

 乾燥キャベツを発泡スチロール製のカップにふりかけて、ポットから湯を注ぎ、蓋をする。

 ここから、待つこと二分三十秒――――――。


 ・

 ・

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 セットしていたスマホのタイマーが音を立てたのを確認し、カップ麺の湯切り口を開け、慎重にカップの縁を持ちながら、シンクで湯切りを行う。


 ボコン……!


 カップ焼きそばの調理(!)における神聖にして最大の儀式を終えたオレは、ステンレス製のシンクが奏でる音に満足しながら湯切りを終えると、麺とキャベツをシーチキンの待つフライパンに投入する。

 袋入りのソースを注ぎ、麺とキャベツ、そして、シーチキンを菜箸で適当に混ぜたあと、冷蔵庫からマヨネーズとマスタードを取り出し、濃いキツネ色に染まった麺にふりかけ、再び、菜箸でかき混ぜた。

 濃厚な焼きそばソースと、マスタードのツンとした刺激が鼻をつき、食欲がそそられる。

 

「もう待ち切れない!」

 

腹の虫が悲鳴を上げると同時に、


 チン!


と、トースターがパンの焼き上がりを知らせたので、コンロの火を止め、パン皿にロールパンを取り出して、平皿には焼きそばを盛り付ける。

 ダイニングテーブルに移動すると、いよいよ実食だ。

 辛子マヨネーズとツナの風味が効いた香ばしい麺を一気にすすり、至高のひとときを噛みしめる。

 ロールパンの粗熱が取れたことを確認すると、箸で麺を持ち上げ、切り込みを入れたパンに挟み込む。

 自家製焼きそばパンにかぶりつくという究極の時間を堪能していることに満足しながら、オレは至福の週末になったことを実感していた。

 至高の焼きそばと究極の焼きそばパンの双方の楽しみを終えて、こみあげる満腹感に充足を感じながら、シンクに平皿とパン皿を置く。

 しかし、隣のキッチンに目を向けた瞬間、オレは、重大な過ちを犯したことに気がついた。


 そこには――――――。


 発泡スチロール製のカップから取り出した袋入りの青のりが取り残されていたのだ!


 一瞬、自室に置いたままの祖父さんの形見のことが頭をよぎるが、あのアイテムの能力は、「時間を停止させる」ことで、「時間を巻きもどす」ことではない……。


 至福とも思えた土曜の昼下がりは、一転して人生最大の後悔の日として記憶されることになった。

 

 自身の不甲斐なさに、自己嫌悪に陥りながら……


 オレは、冷蔵庫のポケットに、そっと青のりの袋を置いた。

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時のコカリナ番外編・短編集 遊馬友仁 @totalfottball1

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