7
次の目的地である池につく。そこでは少女が溺れたとされる場所だった。
「依頼してきたのは、そこにいる女の子だ」
車の中で、池の方を指さしながら幽聖さんが言った。
正直言うと怖い。だけどそれ以上に、幽聖さんの口調に躊躇いが消えたことの方が、僕には重要だった。
幽聖さんが指さす方に目を向けるも、やっぱりそこには少女はおろか人の姿はない。静かな大きな池があるだけだった。
「田舎の奥地じゃあ、滅多に人も来ない。だからここを有名にして、人を増やして欲しいと言われたんだ」
初めて語られた理由に、僕は切なさを感じていた。もしかしたら、そういう理由で幽聖さんに頼ってくる霊もいるのかもしれない。
池の前で頭を下げる幽聖さんに倣うように、僕も隣で頭を下げていた。
今までは意識してこなかったが、ここで亡くなった人や彷徨っている人たちに対して、もっと敬意を示そうと思えていたからだ。
正直に言うと、今までの僕はオカルトを一種の娯楽と捉えていた。好きなことを仕事にし、みんなに見て貰うことでお金を得る。それによって、自然と霊に対する態度が雑になっていたのだろう。
彼らも元は自分と同じ人間であったという、当たり前の事が抜け落ちていたのだ。
頭を上げると袖を引かれる感覚がして、僕は思わずそちらを見た。もちろん誰もいない。
「い、今、袖を引っ張られたような」
僕が怯えながら幽聖さんの方を向く。だけど幽聖さんの姿がどこにもない。
まさか僕を置いて、一人で行くはずがない。僕はカメラを持ったままだし、移動するときは必ず声をかけてからというのが、規則の一つだったからだ。
「幽聖さーん、何処にいるんですかー」
僕は大きな声で呼びながら、懐中電灯の明かりを頼りに周囲を見回す。だけど一向に幽聖さんの姿は見当たらない。
風の音どころか、虫の声すら聞こえてこない。ただ、僕の声だけが周囲に響き渡っていた。それがやけに不気味に感じられると同時に、言葉には言い表せないような恐怖を肌で感じていた。
嫌な予感に背筋が凍り付き、僕は焦りも相まってか、全速力で車へと戻る。
もしかしたら、何かあって車に戻っているかもしれない。きっとそうだ。半ば自分に言い聞かせるようにして、走っていた。
だけど、僕の想像に反して、ぽつんと車が止まっているだけで、幽聖さんの姿はない。
万が一に備えて、僕たちはトランシーバーとスマホを持っている。まずは電話をかけてみるも、やっぱり電波が悪いせいか繋がらない。次にトランシーバーも試してみるが、そちらもノイズが入るばかりで呼びかけに対する反応もない。
苦渋の決断として、僕は警察を呼んだ。
本来であれば、御法度ではあるだろうが、最悪の事態を考えたら迷っている暇はなかった。
警察に事情を話し、すぐに来てくれると分かると、僕はもう一度あの池へと向かった。もしかしたら、いるかもしれないと思ったからだ。
池につくと、僕は懐中電灯で周囲を撫でるように光を当てる。真っ黒い水が光に反射し、蓮の葉がチラチラと見えた。
まさか、そんなはずはない。僕の心臓は痛いほど脈打ち、額からは冷たい汗が伝う。それが目に入り、袖で擦った。更なる胸騒ぎが杞憂に終わることを祈りながら、僕は水面を凝視する。
落ちた音はしなかった。人一人落ちたなら、さすがに気付くはずだ。
そんな風に自分を宥めていたのも束の間、池の中心部に光が当たった時――そこに浮かぶ黒い塊。その正体に気付いた時、僕はその場に座り込んでいた。
それからの事はあまり覚えていない。ただ、警察から色々と事情を聞かれ、僕は幽聖さんのアシスタントとして撮影に同行してたのだとだけ告げる。当たり前だが、幽聖さんが語っていた話は口にしなかった。
落ちた時の状況など聞かれたけれど、僕はただひたすらに首を横に振っていた。僕も疑われたけれど、動機もなければ証拠もない。それに動画で収入を得ていた僕からすれば、このチャンネルが閉鎖することはマイナスでしかなかった。
結局は事故として、処理されたようだった。
幽聖さんの葬儀を終えた僕は、茫然自失の状態で実家に戻った。
事故ではなく、幽聖さんの死が少女の霊によるものだと、僕はそんな気がしていたからだ。
いつか、自分も同じ目に遭うかもしれない恐怖から、とても一人ではいられなかった。
その事件以来、僕は心霊スポットに行くどころか、オカルトに触れることはなかった。
僕がオカルトをやめた理由 箕田 はる @mita_haru
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