11話目 宮廷の呪術師 ③
ルフィノの言葉が俄かには信じがたいアデライードは、笑みを浮かべているルカと同じその姿形を、ただ見つめることしか出来なかった。
「……ずっと? 探し、て……?」
「ああ、そうだよ。この二百三十年の間に僕は生まれ変わること三度。その間も、ずっと君を想っていた……アデリー。悔しいことに君のいた塔は、
長い時間が掛かってしまったけれど僕の勝ちだ、とルフィノは整った白皙の顔に浮かべた笑みをレオネルに向けて深める。
「愚かな
残念だったね、と肩を竦めたルフィノはレオネルの背に庇われたままのアデライードに向かって片手を差し出す。
「おいで、アデリー」
懐かしい声と共に差し出される手に、アデライードの黄金の瞳が揺れる。
思わずその手を掴まんとしたところで、気づいた。
「どうしたの?」
「ルカ……いや、ルフィノ殿……?」
「うん? 呼び名は、なんでも良いよ。僕はルフィノだけど、アデリーにはルカだった『僕』の方に愛着があって、馴染み深いことも分かっているからね。ルフィノである『僕』のことは、これからゆっくり知ってくれて構わない」
「教えて欲しい……そなたがルフィノ殿であるというのならば、私の知るルカは……? また、なにゆえ、そなたの外見は変わらずに同じなのだ?」
昔と何一つ変わらない菫色の瞳が、アデライードを映し出している。短くも甘い、二人で過ごした日々が蘇り、胸が張り裂けんばかりに痛かった。
だが……。
戸惑いと、どこか怯えた様子を見せるアデライードにルフィノは鷹揚に頷く。
「僕が怖い? まあ、分からなくもないかな。君のルカはもう居ない。君も知っているように、
二人の間に挟まれる形で、茫然と話を聞くままになっているレオネルの持つ本を、ルフィノは、アデライードに向かって差し伸べていた手を使って取り上げた。
掲げていた
「僕からすると、過去を纏めた本を読んでいるに近いかな。こうして頁を捲り、年代に沿って書いてあることを読むことが可能なように『僕』という一冊の本があるんだ。経験が人をつくるというなら、僕は膨大な『僕』によってつくられている。そして、物事には
「ならば……私の知るルカは……」
暫くの間黙って頁に目を通していたルフィノを、アデライードは、じっと見つめた。
それなのに……。
「うん。確かに『僕』の中には存在するよ? だけど僕はルフィノであって『ルカ』ではない。だからご覧のように、外見は同じでも中身に多少の差異があるのは仕方がないよね。でもアデリーのことを愛しているのは、いつの時代であっても『僕』なんだよ」
ぱたん、と音を立てて本を閉じると顔を上げたルフィノは、真っ直ぐにアデライードに視線を向けた。
「ねえ、アデリー? こうしてまた僕を前にして、分かったよね? 『僕』とアデリーは、出会うべくして出会う二人だってこと。そこにいる
何かを探るようなルフィノの眼差しから、アデライードが思わず目を逸らしたのをレオネルは見逃すことはなかった。
「それはどうだろうな?」
レオネルは言ってルフィノに向かって形の良い唇の端を皮肉げに持ち上げて見せる。
「会うべくして出会う? 何もかもを分かったようなことを言っているが、過去を知っているからといって今のアデライードのことなど何ひとつ知ろうともしていないとは、実に愚かだな」
さっと顔色を変えたルフィノが、レオネルに言い返すべく口を開けようとしたその時、アデライードの焦燥に駆られた声が間に入った。
「待ってくれ……ルフィノ殿……いつの時代も? つまりそれは一体どういうことだ?」
睨みつけるようにレオネルを一瞥した後、アデライードへと向き直ったルフィノは、にっこりと笑う。
「うん? 気づいてくれた? 勿論そのまま、の意味だよ」
「そのまま? いつの時代もというのならば、ルカもまた『私』のことを探していた……と? 私を探してレイズ王国に来たというのか? ルカよりも前の時代も? 私にはそなたとは違い、繋ぐ記憶などというものは無いというのに何故『私』を求めるというのだ? よもや、いつの時代の『私』もそなたと同じように姿形は変わらないとでもいうのか?」
いいや、君の姿形は違うとルフィノは首を横に振る。だが、『魂は同じ』なのだと言って浮かべた微笑みは壮絶なまでに美しく、ルフィノという人物の中にいる記憶を引き継ぐ『僕』という世の
「ねえ、アデリー。『僕』は君の魂の片割れなんだよ。だけど君は生まれ変わる度に姿形と同時に記憶も真っ新となって『僕』を忘れてしまう。『僕』が君を忘れることは絶対にないのに。その哀しみが分かるかい? 君が『僕』を覚えていなくても、君の姿形が違っても、『僕』は何度だって君を見つけ出す。時代によっては上手く出会えないこともあったけれど、君はいつだってそう遠くない所に居たし、出会えた時には必ず『僕たち』は恋に堕ちた。何しろ『僕たち』は魂で結び付いているから。
実を言うとね? いつもであれば君がこの世に生を受け『僕』と出会い、魂の片割れの存在であると思い出すまで待っていたのだけど、ある時に思ったんだ。不老不死になった君が、『僕』の生まれ変わるのを待つのも良いんじゃないかってね?
何故かって? それなら君は、『僕』を決して忘れないだろう? 『僕』が死んでも、最初から始める必要はなくなるんだ。また君に出会い、二人で居るための最短で最良の方法だと思わないかい?」
言いながらルフィノがアデライードに向かって足を進めようとした時だった。
莫迦ばかしい、と声を荒げたレオネルがルフィノとアデライードの間に立ちはだかる。
「魂の結び付き? それを理由に貴様のことなど忘れてしまっている人間を見つけ出しては、何度も自分に縛りつけていたのか? 更には、待つのが嫌になったからといって騙して不老不死にするとは、また随分な話だな? 聞いて呆れる。それによってどれほどアデライードが苦しんだと?」
「やだなあ、騙したなんて人聞きの悪いこと言わないでよ。確かに、言葉の足りないところがあったのは認めるよ? 不老不死にするというルカの提案は、見方によっては少し煽動的であったことは否めないしね。でも最後は、アデリーが決意したんだよ? それに
「言葉が足りない、とは……言い様だな。敢えて黙っていたんだろう? それに、貴様にどんな理由があろうと俺は、目の前のアデライードでなければ駄目だと言ったら?」
レオネルに向かってルフィノは鼻で笑う。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます