11話目 宮廷の呪術師 ③


 ルフィノの言葉が俄かには信じがたいアデライードは、笑みを浮かべているルカと同じその姿形を、ただ見つめることしか出来なかった。


「……ずっと? 探し、て……?」

「ああ、そうだよ。この二百三十年の間に僕は生まれ変わること三度。その間も、ずっと君を想っていた……アデリー。悔しいことには、あの男ロランド王の血によって厳重に封印が施されていてね? 姿を見せない君の魂を辿って漸く居場所を見つけることが出来てからも、助け出すことは叶わなかった。だから、餌を撒いたんだ。塔に纏わる『言い伝え』を知っているだろうか? 僕が広めたんだ。あの男ロランド王の血を繋ぐ者に呪術を解いてもらう為に。誰かが好奇心に負けて『言い伝』に喰いつくのを待った」


 長い時間が掛かってしまったけれど僕の勝ちだ、とルフィノは整った白皙の顔に浮かべた笑みをレオネルに向けて深める。


「愚かなあの男ロランド王は、アデリーが誰かのものになるのを恐れ、閉じ込めることで自分のものにしたつもりだったのだろうけど……」


 残念だったね、と肩を竦めたルフィノはレオネルの背に庇われたままのアデライードに向かって片手を差し出す。


「おいで、アデリー」


 懐かしい声と共に差し出される手に、アデライードの黄金の瞳が揺れる。

 思わずその手を掴まんとしたところで、気づいた。


「どうしたの?」

「ルカ……いや、ルフィノ殿……?」

「うん? 呼び名は、なんでも良いよ。僕はルフィノだけど、アデリーにはルカだった『僕』の方に愛着があって、馴染み深いことも分かっているからね。ルフィノである『僕』のことは、これからゆっくり知ってくれて構わない」

「教えて欲しい……そなたがルフィノ殿であるというのならば、私の知るルカは……? また、なにゆえ、そなたの外見は変わらずに同じなのだ?」


 昔と何一つ変わらない菫色の瞳が、アデライードを映し出している。短くも甘い、二人で過ごした日々が蘇り、胸が張り裂けんばかりに痛かった。

 だが……。

 戸惑いと、どこか怯えた様子を見せるアデライードにルフィノは鷹揚に頷く。


「僕が怖い? まあ、分からなくもないかな。君のルカはもう居ない。君も知っているように、あの男ロランド王に殺されてしまったからね? それから二百三十年余りの月日が経ち、かつてルカであった僕ではあるけど『いま』はルフィノだ。そしてこの特殊な外見は、一族にとっては目印のようなものなんだよ。両親と似た外見を持たないこの姿を見れば『記憶』を繋いでいる、ということがひと目で分かるようにね。つまり当たり前であるけど僕自身は『ルカ』とは生まれた場所も、両親も違う。だからアデリーは、そこに違和感を感じているんじゃないかな。性格というのは育った環境によっても左右されるからね。時代が違うのは言わずもがなだし。それでも持って生まれた『僕』の性格は変わらないから、一緒に過ごすうちに違和感も薄れてゆく筈だよ。『僕』は何層にも重なっているからね。何と言ったら良いのかな。ああ……良い例えを見つけた」


 二人の間に挟まれる形で、茫然と話を聞くままになっているレオネルの持つ本を、ルフィノは、アデライードに向かって差し伸べていた手を使って取り上げた。

 掲げていた燈火あかりから手を離し自身の魔力で以て浮遊させると、本の頁を捲る。


「僕からすると、過去を纏めた本を読んでいるに近いかな。こうして頁を捲り、年代に沿って書いてあることを読むことが可能なように『僕』という一冊の本があるんだ。経験が人をつくるというなら、僕は膨大な『僕』によってつくられている。そして、物事にはすべからく始まりがあるように『僕』にもまた、軸となる起源オリジナルはある」

「ならば……私の知るルカは……」


 暫くの間黙って頁に目を通していたルフィノを、アデライードは、じっと見つめた。

 燈火あかりに照らされ、本に落ちるルフィノの影の中は、アデライードの良く知るルカと同じである。

 それなのに……。


「うん。確かに『僕』の中には存在するよ? だけど僕はルフィノであって『ルカ』ではない。だからご覧のように、外見は同じでも中身に多少の差異があるのは仕方がないよね。でもアデリーのことを愛しているのは、『僕』なんだよ」


 ぱたん、と音を立てて本を閉じると顔を上げたルフィノは、真っ直ぐにアデライードに視線を向けた。


「ねえ、アデリー? こうしてまた僕を前にして、分かったよね? 『僕』とアデリーは、出会うべくして出会う二人だってこと。そこにいるレオネルとは違って『僕』は、ね?」


 何かを探るようなルフィノの眼差しから、アデライードが思わず目を逸らしたのをレオネルは見逃すことはなかった。


「それはどうだろうな?」


 レオネルは言ってルフィノに向かって形の良い唇の端を皮肉げに持ち上げて見せる。


「会うべくして出会う? 何もかもを分かったようなことを言っているが、過去を知っているからといってなど何ひとつ知ろうともしていないとは、実に愚かだな」


 さっと顔色を変えたルフィノが、レオネルに言い返すべく口を開けようとしたその時、アデライードの焦燥に駆られた声が間に入った。


「待ってくれ……ルフィノ殿……? つまりそれは一体どういうことだ?」


 睨みつけるようにレオネルを一瞥した後、アデライードへと向き直ったルフィノは、にっこりと笑う。


「うん? 気づいてくれた? 勿論そのまま、の意味だよ」


「そのまま? いつの時代もというのならば、ルカもまた『私』のことを探していた……と? 私を探してレイズ王国に来たというのか? ルカよりも前の時代も? 私にはそなたとは違い、繋ぐ記憶などというものは無いというのに何故『私』を求めるというのだ? よもや、いつの時代の『私』もそなたと同じように姿形は変わらないとでもいうのか?」


 いいや、君の姿形は違うとルフィノは首を横に振る。だが、『魂は同じ』なのだと言って浮かべた微笑みは壮絶なまでに美しく、ルフィノという人物の中にいる記憶を引き継ぐ『僕』という世のことわりを超越した存在を垣間見せられたようであった。


「ねえ、アデリー。『僕』は君の魂の片割れなんだよ。だけど君は生まれ変わる度に姿形と同時に記憶も真っ新となって『僕』を忘れてしまう。『僕』が君を忘れることは絶対にないのに。その哀しみが分かるかい? 君が『僕』を覚えていなくても、姿、『僕』は何度だって君を見つけ出す。時代によっては上手く出会えないこともあったけれど、君はいつだってそう遠くない所に居たし、出会えた時には必ず『僕たち』は恋に堕ちた。何しろ『僕たち』は魂で結び付いているから。

 実を言うとね? いつもであれば君がこの世に生を受け『僕』と出会い、魂の片割れの存在であると思い出すまで待っていたのだけど、ある時に思ったんだ。不老不死になった君が、『僕』の生まれ変わるのを待つのも良いんじゃないかってね? 

 何故かって? それなら君は、『僕』を決して忘れないだろう? 『僕』が死んでも、最初から始める必要はなくなるんだ。また君に出会い、二人で居るための最短で最良の方法だと思わないかい?」

 

 言いながらルフィノがアデライードに向かって足を進めようとした時だった。

 莫迦ばかしい、と声を荒げたレオネルがルフィノとアデライードの間に立ちはだかる。


「魂の結び付き? それを理由に貴様のことなど忘れてしまっている人間を見つけ出しては、何度も自分に縛りつけていたのか? 更には、待つのが嫌になったからといって騙して不老不死にするとは、また随分な話だな? 聞いて呆れる。それによってどれほどアデライードが苦しんだと?」


「やだなあ、騙したなんて人聞きの悪いこと言わないでよ。確かに、言葉の足りないところがあったのは認めるよ? 不老不死にするというルカの提案は、見方によっては少し煽動的であったことは否めないしね。でも最後は、アデリーが決意したんだよ? それにあの男ロランド王の執着が不測の事態を招いたんだ。まさか塔に閉じ込められているとは思ってもみなかったしね。……良い加減そこを退いてくれないかな? 貴方は『僕』とは違う。アデリーじゃなきゃいけない訳があるの? 違うよね?」


「言葉が足りない、とは……言い様だな。敢えて黙っていたんだろう? それに、貴様にどんな理由があろうと俺は、目の前のでなければ駄目だと言ったら?」


 レオネルに向かってルフィノは鼻で笑う。


あの男ロランド王に似たのは姿形だけじゃないなんてね。しかも同じように見たところ貴方の想いは一方的な気もするけど、違うのかな? じゃあ……そうだね。『僕たち』がどれほどなのかってことを聞かせてあげる『むかしむかし、あるところに』から始まる話を、ね」

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