第3話 『仕事だから』は言い訳にならない

 翌朝、昨日予告した通り、刑事は鑑識員二人を引き連れて、私の部屋を訪れました。


「なんだ、この部屋は? 昨日ここに来ることは言ってあったんだから、掃除くらいしとけよ」


 開口一番、刑事は毒づきましたが、私は「へたに掃除するより、そのままにしといた方がいいと思ったんです」と言い返しました。


「無論ここが現場ならそうだが、ここはそうじゃないだろ? まあいい。じゃあ早速、指紋と足紋をとらせてもらうから、まずは手を出せ」


 詳しい採取方法は憶えていませんが、私は鑑識員に指紋と足紋を採取されました。


「あと、髪の毛を一本抜いてくれ」


 刑事の言葉に、私は心の中で『これじゃ、完全に犯人扱いだな』と思いながら、渋々自分で髪の毛を抜きました。


「もうニュースで知ってると思うが、犯人はベランダから部屋に侵入している。今からベランダを調べさせてもらうぞ」


 刑事はそう言うと、鑑識員とともにベランダへ移動しました。

 私がもしベランダ伝いに隣の部屋に侵入したのなら、その境目に私の指紋や足紋が残っていると思ったのでしょう。

 彼等はそこを重点的に調べ、それが終わると刑事はタバコを二、三本吸って、鑑識員とともに帰っていきました。


 


 その後、刑事は毎日のように私の部屋を訪れました。

 何度も同じ質問をされ、いい加減頭にきていた私は、ある日「いつまで同じ事を訊くんですか? いい加減うんざりなんですけど」と胸の内を吐露しました。


「無論、お前が正直に告白するまでだよ」


「鑑識の結果、被害者の部屋に残っていた指紋と僕の指紋は違ってたんですよね? なのに、なんで僕はいつまでも疑われなければいけないんですか?」


「お前が会社をズル休みするような人間だからだよ。前も言ったが、そういう人間はおおよそ犯罪に走る傾向にあるんだ」


 頑なな刑事の態度に、私はそれ以上何を言っても無駄だと思い、その後感情を殺したまま刑事の質問に答えていました。

 引っ越しすることも考えましたが、それだと余計疑われるうえ、逃げたと思われるのがしゃくなので、意地を張ってその部屋に居続けました。


 後日、私は辞表を持って会社を訪れました。

 警察の捜査が会社にも及んでいたためか、上司は引き留めることなく割とあっさりそれを受け取りました。

 かくして私は、身も心もボロボロとなったのです。


 その後もしばらく刑事や新聞記者が部屋を訪れましたが、やがてそれも無くなりました。

 そして、事件から半年くらい経ったある日、私はニュースで犯人が捕まったことを知りました。

 犯人は二十代の男で、あるマンションに盗み目的で侵入して捕まった後に、半年前の殺人事件を自供したようです。


 犯人が捕まった翌日、刑事は久し振りに私の部屋を訪れました。


「もう知ってると思うが、ようやく犯人が捕まった。これでお前も、安心して生活できるな。はははっ!」


 能天気に笑う刑事を見て、私の堪忍袋の緒はぶちっと音を立てて切れました。


「散々疑ってきた俺に対して、言うことはそれだけか? バカにするのもいい加減にしろ!」


 私のあまりの剣幕ぶりに、刑事は驚愕の表情を浮かべながら、「そんなに怒るなよ。こっちは人を疑うのが仕事だから、こういうケースはよくあることなんだよ」と、半ば開き直ったように言いました。


「仕事なら、何をしても許されるというのか? あんたみたいな奴がいるから、冤罪が起こるんだよ!」


「わかった、わかった。お前の言いたいことはよくわかったから、これからは極力発言に気を付けるようにするよ。じゃあな」


 刑事はそう言うと、逃げるように去っていきました。

 私は、刑事が最後まで私のことをお前呼ばわりしたことに若干引っ掛かりながらも、彼のそんな姿を見て少しだけ胸がスッとしました。


 今思えば、もしあの時私が会社をズル休みしていなかったら、ここまで疑われてはいなかったでしょう。

 そう思うと、ほんとタイミングが悪かったとしか言い様がありません。

 この出来事を思い出すと今でも嫌な気分になりますが、こうして発表できたことで、少しだけ心が晴れたような気がします。



    了


    


   

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会社をズル休みしたばかりに 丸子稔 @kyuukomu

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